NIGHT FEVER



街灯にほんのりと灯りがともる頃、ちょうど週末の仕事帰りに立ち寄る客が込み合ってくる時間。

 「ありがとうございました〜!」

帽子を片手に街道へ誘導し、無事に流れにのって行ったのを確認して定位置へと戻り、また次のお客さんの車の窓を磨きにかかる。
そうして数組のお客さんを見送り、スタンドで忙しなく動き回っていた店員は、ようやく客足が途絶えたのを見計らって一息つく。

 「いやぁ〜、今日も目一杯働いたっすよ〜!」
 「よぉ、樹。何か最近、やけに張り切ってるじゃないか。」
 「何言ってんっすか、先輩?そんなの、当然じゃないっすか!」

必要以上に力説している樹に、池谷は苦笑する。
樹が張り切っている理由は、なんとなく予想がつく。
拓海がプロジェクトDに参加するようになってから、このスタンドに立ち寄る走り屋たちも増えてきた。
彼等から拓海の噂が漏れ聞こえてくるたびに、樹は自分のことのようにしたり顔をする。
拓海が褒められるのが、嬉しくてしょうがないのだ。
そういう池谷も、まんざらではないのだが。

それともう一つ、ここへ来る客層に変化が見えていた。
秋名で走っていた拓海の噂を聞いてここを訪れる者も多いが、結局は拓海はいない。
それは赤城でも同じで、高橋兄弟はずっとプロDの遠征で出払っているために、近辺のギャラリー達の行き先が変わってきてるらしい。
最近は、妙義へ流れているらしかった。
ここで燃料を補充してからわざわざ妙義へと向かう客もいて、妙義の噂もちらほら聞こえてくる。
そして、その中には結構女性のギャラリーが増えていた。
樹が張り切っているもう一つの理由だった。

池谷と樹が一息ついていると、1台の走り屋らしい車が入ってきた。

 「いらっしゃいま……なぁんだ、健二先輩じゃないっすかぁ。」
 「おい、樹。いくらなんでも、失礼じゃないか。一応、オレも客だぞ。」

見慣れた180から、池谷の友人である健二が、樹にぼやきながら降りて来る。
池谷と健二、樹は秋名Speed Starsという走り屋のチームで走っている。
拓海のおかげで、結構名は知られるようになっていたが、走りの方は相変わらずだった。
それでも、時間があればできるだけ走りに行くようにはしている。
健二は、仕事の帰りにスタンドに寄るのがほぼ習慣となっていた。

 「さっき、客が話してるの聞いちゃったんですけどぉ、今、妙義が面白いらしいっすよ。」
 「妙義?妙義といえば、Night kid'sか?あの、中里のいる…。」
 「そうなんすよ!中里さん、負けが続いてたじゃないですか。
 しばらく音沙汰なかった時期もあったらしいけど、今じゃ完全復活らしくて!
 タイムアタックじゃかなりいい記録出してるらしいですよ!
 それに、あの庄司慎吾も中里さんに負けず劣らずらしくて、抜きつ抜かれつ、すごい迫力だって言ってましたよ!」

樹と健二の話を聞きながら、池谷はそれまでの彼等―中里と庄司―のことを思い返していた。


中里と初めて会ったのは、樹が受けてしまった拓海とのバトルの時。
その時の彼は自信に溢れて、その愛車同様に周りを圧倒するほどの気迫に満ちていた。
樹でなくても竦んでしまうような、迫力を感じた。
噂で聞いていたとおりに走りも相当な腕前で、拓海が来られない場合自分が走っていたらと考えると、恐ろしくなった。
実際は拓海が彼に勝ったのだが、潔いほどあっさりと負けを認めて去っていったことに、好感を持っていた。
拓海とのバトルの内容が、充実した物だった証拠でもあるのだろう。
その後、庄司慎吾に出会ったが、彼の第一印象は最悪だった。
平気で当てに来る彼の走り方に、拓海でなくても怒りが込み上げる。
でも、左足ブレーキの話を店長から聞いて、庄司もまともに走ればスゴイ奴なのだと後になってわかった。
クラッシュ後の瞼を赤く腫らした彼の姿を見て、走り屋として車への愛着は同じなんだとわかったから、なんとなく憎めなくなった。
病院に来た中里に、あの2人は対立しているという噂もあったが、そうでもないんじゃないかという気がした。
拓海がバトルした相手は何人もいたが、あの2人は何故か身近に感じていた。


 「そう言えば、最近は妙義も女の子のギャラリーが増えたって?今まで、野郎ばっかだったのにさぁ…。」
 「そうなんですよ!そこなんですけど!お客さんの話しだと、どうやら中里さん目当てらしいっすよ〜!
 『負けが続いてたけど、それでも走り込んでるのが、母性本能くすぐられちゃう!』って言ってました。」

妙なシナをつけて話す樹を気味悪げに眺めている健二…。

 「タイム確認する時の、真剣な瞳が渋いなんて言うのも聞いたことありますよ。」
 「へぇ、そうなんだ…。」
 「そ・れ・に!」

語気を強調している樹に、自然と注目する。
樹は不本意だと言わんばかりに顔を歪める。

 「あの、庄司慎吾まで、『ちょっとワルそうだけど、そこがいい!』なんて言うのもいるんだから!
 どうなってんですかね!おかしいっすよ!」

拳を握り締めて、いきり立つ樹を少し引いて池谷と健二は眺めていた。
こうなると、もう樹は自分の世界に入っているから、放っておくしか無いのだ。

 「でも、高橋兄弟も拓海もいない今、秋名で注目されるのはオレ達しかいないじゃないっすか〜!
 くぅ〜っ!燃えるっすよ〜!これからどんどん走りこんで、中里さんみたいに『渋い!』って言わせて見せますよ〜!」
 「おいおい…そりゃ、10年…いや、100年早いだろ…。」

そんな池谷の呟きも、今の樹の耳には届かない。
もう、気の済むまで叫ばせてやるしかない…。

 「でも、中里君もがんばってるみたいだな…。よかった。」
 「どういうことっすか、池谷先輩?なんか、中里さんとやけに親しいみたいな言い方じゃないっすか!」

中里の名に反応したのか、樹は池谷に詰め寄った。

 「あぁ、あれからたまに燃料入れに来てるんだ、中里君…。」
 「えぇ〜っ!会ったこと無いっすよ〜、オレ…。どうして教えてくれないんですか〜!」
 「そう言えば、いつもいないなぁ、お前…。」

中里が自分のいない時に来ていたという事実に大袈裟に落ち込む樹。
庄司慎吾のことがあってから、中里はたまにここに来て、池谷と話をしていく。
それは、拓海のことだったり、チームのことだったり。
迷惑をかけたと思って気を使っているのか、妙義からこんな所まで通りがかりのはずはないのに。
不器用だが、それが彼なりの誠実なのだと池谷は思う。
健二もそのことは聞いていたので、池谷とお互い顔を見合わせて苦笑い。

 「樹じゃないけどさ、俺達ももっと頑張らなきゃな。」
 「そうだな、拓海達に負けられないな。」

今頃どこかで走っているだろう拓海、妙義で走りこんでいる中里や庄司の事を考える。
池谷は、今日の仕事が終わったらすぐにでも走りに行きたいと思っていた。
ホームコースである、秋名峠へ。

END


池谷先輩と樹、健二先輩の3人のお話。
ロンリードライバー’Sですね。
私の話の中では、妙義コンビとすごく関わってる彼等です。
ドラマCDの話をちょっと入れたかったのですが、
あんまり入ってないようです。

戻る