DANCIN' IN MY DREAMS



数回流して頂上の駐車場に戻り、煙草をふかしてみる。
そこには、あいつの漆黒のマシンは無い。
2、3日前、峠に着いた早々職場から携帯が入り、なにかトラブったらしく、あわくって降りていった。
それからは走りに来られない様で、【週末行けそうも無い。】と、メールが入っていた。
別に、いちいち連絡しなくてもいいのに、週末に予定があるとメールをよこすようになった。
律儀な奴…ま、いいけどよ。
少し苦い煙を吸い込み、星空に向かって吐き出した。
星の輝きはさえざえとして、一層夜気の冷え込みを感じる。
肺から紫煙は全て吐き出されたはずなのに、口元からは白い息が零れる。
そろそろ、ここも冷たく白い固体に覆われるんだろう。
体の外側から、じわじわと寒さが染みてきて、身震いする。

 「もう、あがるわ!」

手近な奴にそう声をかけて、オレは駐車場を後にした。


そうは言っても、最近の週末はほとんどあいつの部屋に行ってたから、真っ直ぐ家に帰る気にもならなくて。
自然とハンドルはいつものコースを向いている。
あいつのアパートの前まで来た時、部屋から明りが漏れているのを確認して、何故かホッとした。
それからコンビニまで行って、差し入れのアルコールとつまみを買い込み、なるべく静かに来客用の駐車スペースに愛車を納める。
階段を上がった先に、あいつの部屋のドアが見える。
インターホンを鳴らす行為が何だか他人行儀な気がして、オレはいつも拳でドアを叩いていた。
近所迷惑だとか言うから、2回叩いたら開けるようにさせた。
いつものようにドアを叩いたが、中からの反応が無い…もう一度叩いてやろうと拳を振り上げた時、声が、聞こえた。

 「慎吾だろ…入れよ…開いてる。」

言葉の通りノブは回り、ドアは簡単に開けられた。
そんな何気ない事だけど、受け入れられてるのだと安心する。
でも、あいつには絶対に言わない。

 「鍵も掛けねえで…無用心なやつだな。」
 「お前が来ると、思ったからな。すぐに開かねえと、切れるんだろうが。」

ずかずかあがりこんだオレを見ずに、あいつはテーブルの上の小型パソコンのキーを叩いている。
その側に積み上げられた資料と、プリントアウトされた書類の山…。
マジにヤバイことになってたというのが見て取れる。
こういうところをみると、こいつが社会人で学生である自分とは立場が違うことを痛感する。

 「悪ぃな、もう少しで終わりそうなんだ。適当にしててくれ。」

立ったままのオレに一瞬視線を移して、また画面と資料を見比べる。
オレは仕方なく、いつもの場所に座り込んで、買い込んだアルコールをあさる。
1本、あいつのそばにそっと置いてみた。

 「…サンキュ。」

小さな声であいつがそう言ったのを、オレは聞こえなかった振りをした。


しばらくはあいつのキーボードを叩く音しか聞こえなかった。
オレは、黙って飲んでるだけだったし。
そのうち、あいつが大きく息を吐いた。

 「…終わった…のか?」
 「あぁ、どうにかな…。悪かったな、相手もしねえで…。」

あいつは、パソコンの電源を落として、静かに閉じる。
そして、思い切り身体を伸ばし、肩を数回グルグルとまわした。

 「べ…っつにぃ…。」

少し嫌味な言い方になったみたいで、あいつは苦笑いを浮かべた。
それからオレ達は、適当に飲んで、食べて、話して…。
いつものように、いつものように。


静かに時間が過ぎていき、外は次第に冷え込んでいった。
あいつは、眼の間をもむ様な仕草をして、眼の下にはうっすらと影を落としている。
多分、今までたいした寝てもいないだろうし、目途が付いた事に安心したのもあるんだろう。

 「慎吾…悪ぃ……俺、先、寝るわ…。布団に寝るの嫌だったら、起こせ。変わってやるから…。」

アルコールが入ったのもあって、もう眠りに落ちる寸前だった。
よろよろと寝室へ向かうあいつの背中を眺めていた。

 「おやじくせえぞ!」

そう、声をかけるオレに、あいつは朦朧とした意識の中でも答える。

 「うるせ!ほっとけ…。」

そのまま、ドサッ、と、ベットに倒れこむ音がして、そっと覗くと布団もかけずに転がっていた。
世話焼かすなよ…そう思いながらも、なんとか布団をかけてやる。
毎回自分がされていることなんて、遥か彼方へと追いやっていた。
真っ直ぐに射抜く視線は瞼に遮られ、背筋を駆け抜けるような声はきつく結ばれたその唇の奥へとしまわれている。
いつもはきちんと整えられた髪も、今はぱらぱらと乱れていて、実際よりも幼い印象を与える。
そんな無防備な姿をオレの前にさらすこいつ…。
オレの、気持ちを、知ってて、やってるのか…。
ベットの横には、別に布団が敷かれている。
オレが来ると思って、あらかじめ敷いておいたんだろう。
さっきの言葉だって、この間のオレが言ったことに気を使ってるんだろうけど…。

…わかってねえな、お前……。
オレが、どんな気持ちでここにいるのか…。
それとも、知っててやってんのか?
布団が嫌なわけ、ねえだろ!
お前の中には、別々に寝るっつう選択肢しかねえのか?
……一緒に…っつう選択肢は、問題外って、か。
ダチとしては付き合えても、それ以上は無い…。
そういう、境界線をきっちり引いてあるみてぇ。
ずっと……そう思ったら、息苦しくて、胸がつまる。


だから、何も知らずに熟睡しているこいつの顔にそっと近付いた。
ゆっくりと息を吐くその唇に、軽く触れるように口付ける。
気付いてないのか、身じろぎすらしないから…。
軽く、深く、その唇をすべて奪うように、何度もキスを。
乱れている前髪をそっと梳く。
硬い髪質、真っ直ぐな黒髪…こいつのマシン、こいつそのもの。
そのまま、少しやつれたような頬に手を滑らせる。
間近で見るこいつの顔に、いまさら緊張する。
もう少し…このまま………。
そんな事を思っていたら…。

 「う…うぅ…ん……。」

ようやく気が付いたのか、眉をゆがませて寝返りをうつ。
でも、まだ起きる気配は無い。
オレは、胸のつっかえが取れなくて…苦しい。


「オレが、おまえに惚れてるってのは、こういうことなんだぜ。
お前…わかってねえだろう…。」


オレは寝室を出て、部屋の戸締りやら消灯やら、一通り見回した。
再び寝室へ戻ると、やっぱりあいつは寝息をたてていて。

 「起きないお前が、悪いんだからな…。」

そんな言い訳をして、オレはあいつのベットに潜り込んだ。
明日の朝、目が覚めた時…その時のお前の間抜け面が浮かんだ。

お前の夢の中、オレが踊る。
オレの夢の中、お前が…。


END



…慎吾から…でした。
しかも、寝てるし…。
最初は、"選択肢"のあたりのことを、書きたいと思っただけなんですが…。
でも、アレだけされたら普通は…起きちゃうだろうね。
まぁ、地道に進展してる2人です。
バカップル?

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