一度降りてきた雪が日中の気温に緩み、太陽が沈みきった空から再び冷たい冷気を伴って降りて来る。
そんな事を何度か繰り返して、地中深くから冷え切った路面に、融け切れない雪がゆっくりとその量を増やしはじめる。
走り屋にとっては、思うように走れない忌々しい季節の到来だが、そんな感情とは別に浮き足立つイベントが数日後に迫っていた。
当然、この妙義に集まる彼等も例外ではない。
でもそれは、その日に一緒に過す特定の相手がいるということが前提で。
あぶれてしまった者にとっては、やっぱり忌々しかったりするのだ。
そこで毎年なんとなく、同じ思いをする者同士で結束を固めあう宴会を開く事になる。
以前はこのチームのリーダーである彼も参加したりして、そのまま彼の自宅で朝まで延長戦ということもあったのだが、
最近はそういう機会もなくなってしまった。
チームリーダーである彼が忙しくてなかなか参加できないとか、だんだんと新しく入ってくる者も増えて全部を収容する事が
難しくなってきたというのが、理由だった。
古くからいる者がそんな話を聞かせるものだから、新入り達にとってリーダーの自宅に行ける事がこのチームでのステータス
のように感じていた。
「今年も、中里さんは忙しいんですかねぇ…。」
「そうだなぁ、走りに来るのもやっとみたいだしな。」
「あーぁ…今年こそは、中里さんの家で2次会!って、思ったんだけどなぁ…。」
今年の幹事役がそんな事を話している背後に、不穏なオーラを浮かべた人物が近寄っていた。
それに気付いた一人が表情を強張らせるが、もう一人はまだ気付かぬまま。
「無理矢理、呼ぶか?」
「………ぜってー、ダメ!」
「!!」
後ろから覆い被さるようにして凄んで見せるのは、チームのナンバー2である庄司慎吾。
最近は丸くなったと言われる彼だが、以前は『デンジャラス』とまで称された男。
ガッチリと肩を組まれたままの彼は、少し怯えながらも反論してみた。
「なんで、慎吾さんからダメ出しくらわなきゃなんないんですかぁ!」
「なんで?…って、オレ様だから。」
「はぁ〜?わかんないですよぉ…。決めるのは、中里さんでしょ?」
「…んなの、オレがだめだっつったら、だめなんだよっ!」
ちょっとビビリながらも、あの庄司慎吾と相対する彼の勇気に賞賛の言葉を送りたいと、密かに思っている相方だった。
その時、遠くからでもわかる独特なノイズが、あたりに響き渡った。
今の話題になっているチームリーダー 中里の繰るマシンが駆け上がってくる音だった。
「いいですよ!中里さんに、直接聞きますからっ!」
「おいっ!ちょ、待てよ!てめー…!」
中里のマシンの音に、肩を押さえ込んでいる慎吾の力が緩んだ。
その隙に抜け出した彼は、駐車場に滑り込む中里のマシンに駆け寄った。
ゆっくりとマシンから降りて来るのを待ちかねたように、彼は中里に詰め寄って行く。
その、あまりに切羽詰った表情に、またマシンに逃げ込もうかと中里は思った。
「中里さん!聞きたいことがありますっ!」
「な…な、なんだ?いきなり、どうしたんだ?」
少し離れた所から、慎吾はその様子を見ていた。
今、自分が側に行き、中里に断らせるのは簡単な事だと思うが、中里自身がどう答えるのか知りたいというのもある。
(週末だぞ!オレがいつもお前んとこ行くの、解ってんだろ!そこんとこ、考えろよ!)
だから、会話が聞こえる位置で、事の成り行きをジリジリしながらも見ていようと決めた。
眉間に皺を寄せ、拳を握り締め、不機嫌のオーラを振りまきながら睨みをきかせる慎吾の半径2メートル以内には、誰も寄り付くことは
出来なかった。
「24日の予定は、どうなってますか?中里さん!」
「え?24日…か?」
「はいっ!クリスマスイブです!金曜日です!ちなみに、俺、チームの飲み会の幹事です!」
「あぁ、幹事か…。そりゃ、ご苦労だな。」
「いえっ…それで、予定なんですけど…。」
意気込んではみたものの、リーダーである中里に対して少し恐れ多いのでは?とまで恐縮してしまい、さっきまでの勢いもだんだんと
薄れていった。
そんな彼を前にして、中里は顎に手を当てて少し考え込む。
無言…気まずい間が空いた。
静まり返る駐車場で、中里に視線が集中する。
「…やっぱ、その日は無理っぽいな…。ほんと、すまない。幹事のお前等にまかせっきりでよ…。」
しばらく考え込んだ後、中里は静かにそう言った。
その答えに、落胆した表情の彼と、力が抜けたような慎吾。
その場にいた全員が、張り詰めた緊張感が、ふっと和らぐのを肌で感じていた。
中里の口からはっきりと断られた残念ついでに、彼の疑問が思わず口をついて出る。
「中里さん…もしかして、彼女、っすか?」
やっと和んだ雰囲気が、再び凍りついた。
その原因の主である慎吾のこめかみに、ピキーンと血管が浮き上がる。
(地雷、踏みやがった…)
全員が一瞬、彼に殺意を抱いていた。
「…まぁ…そんなもんかも、しれねえな…。」
照れくさそうに口元に笑みを浮かべて、中里は言った。
眉をしかめて、怒りとも悲しさともつかない表情の慎吾と眼が合う。
そのうちに、湧き上がるメンバー達に取り囲まれてしまい、中里は慎吾の姿を見失っていた。
仲間に取り囲まれている中里から、慎吾は一人で離れていった。
まわりからひやかされていた中里は、駐車場から出て行こうとするマシンの気配を感じた。
この音は…慎吾のEG−6だ。
囲んでいるメンバー達から中里が抜け出した時には、もう慎吾は駐車場から出て行くところだった。
すぐに慎吾の携帯を呼び出したが、当然出るはずはない。
いつもよりも乱暴な走りを思わせる爆音が遠ざかって行く。
「あいつ…勘違いしやがって…。ったく、しょうがねえなぁ…。」
中里は、誰にも聞こえないような声で小さく呟いて、髪をかき上げ苦笑する。
この機嫌を損ねてしまったオレ様は、どうしたら機嫌を直してくれるのか…。
いつものきまぐれだろうと気にも留めない仲間達をよそに、中里はいろいろと考えを巡らせていた。
END
実は、これは続いてしまいます。
せっかくのクリスマスだというのに、このままじゃ、可哀想だしねぇ。
慎吾の半径2メートルってのは、拳や蹴りが届く範囲ということで。
慎吾なら、誰彼かまわず、切れると飛んでいきそうだけどね。
とにかく、続いてます(苦笑)
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