However〜First volume



巷は、つい数ヶ月前とは少し趣きの変わった雰囲気に包まれ、華やかな飾りつけと甘い匂いが溢れていた。
そして、段ボール箱に詰め込まれた想いの詰まった小さな包みの数々を、複雑な表情で眺める青年がここに約3名。
この時期に、これほどの想いが集まれば男冥利に尽きるという物だろうが、浮かない顔の意味はその宛先にあった。
それは以前ここに存在していて、今はここにいない人物。
ここを去ってから、一気に時の人となってしまった人物。
その名は―藤原 拓海…今や、プロジェクトDの2TOPの方翼となった彼らの良く知る人物宛てだったから。


2月に入り、やけに女性客が増えてきたこのスタンドでは、たびたび交わされる会話。

 「ねぇ、拓海くんって、ここに来たら会えるの?」
 「バレンタインに、ここで会えないかしら?」

その度に、申し訳なさそうに店員は答える。

 「すいません…拓海が、いつここに来るかはちょっとわからないんですが…。」

すると、決まって彼女達は不機嫌な顔でこう言って帰って行く。

 「なぁんだ、拓海くんが来るかも、って言うから来たのにぃ…。」

内心”勝手に来といて、それかよ!”とつっこみつつも、プロ根性の営業スマイルで応対するしかない。
彼女達が去った後、顔を見合わせて深いため息をつくまでが、一連の”接客マニュアル"となっていた。
あまりにそういう客が増えたため、苦肉の策ということで『拓海用 バレンタインチョコ受付箱』が急遽設置されたのだった。
設置した途端に、チョコ持参の女性客が続々と殺到して、受付箱は見る間に溢れかえっていた。


そこで、冒頭の彼らに戻る…バレンタインは、数日後へと迫っていた。

 「あと少しの辛抱だ、樹…あと少しで、このイベントも終わるんだ…。」
 「そうっすね、池谷先輩!それまで、俺、耐えてみせますよ〜!」
 「お前等も、大変だよなぁ…あ、これ高橋涼介宛てだ…。」
 「「なにぃ〜!!」」

そこにはいつもの如く、池谷・健二・樹の3人が集まっていて、相変わらずこのイベントにはあまり縁が無いようで。
仕事をしながらプロDのドライバーをこなしている拓海がここに立ち寄るのは、本当に稀になってしまった。
当日も来るかどうかわからないし、来ないのなら箱ごと拓海の家に届けるしかない。
そんなことを思いながら箱を眺めていた3人は、客の車が滑り込んできた気配に営業モードに切り替えた。

 「いらっしゃ……あ!」

言葉を詰まらせた樹の視界に、見たことのある車が飛び込んできた。
夕焼けに燃えるようなワインレッド…サイドに貼られたステッカー。

 「…Night Kid’sの…庄司慎吾……。」

その車体から予想もしない人物が現われたことが、彼等の視線を余計に釘付けにさせた。
柔らかなウェーブのかかった髪を揺らし、ファーの付いたショートコートの中には少し露出の高いトップスとミニのスカートにブーツを 合わせた艶っぽい女性がナビシートから降りてきたのだ。

 「こんばんは〜。ご・ぶ・さ・たvv」

軽く片手を挙げてにこやかに、碓氷のインパクトブルーとの通り名を持つ彼女―沙雪は笑った。
池谷は呆気に取られ、健二は彼女に見惚れ、樹は声を出すタイミングを失った。
運転席から降りてきた、少し不機嫌そうな彼―庄司慎吾が彼女の隣に歩み寄ったからだ。

 「おい、沙雪…早くしろよ。」
 「ちょっと、まだ来たばっかじゃない!急かさないでよ!」

痴話喧嘩にも聞こえる彼等の会話に、2人は付き合っているんじゃ?と思われたが、どうやらそうじゃないらしい。

 「ねぇねぇ、拓海くんにチョコあげたいんだけどさ、ここに持ってきたら渡してくれるって、本当?」

嬉しそうに身体を跳ねらせる度に、髪が揺れて…ついでに豊満な胸も揺れ…視線のやり場に困る3人。
そんな沙雪を、面白くなさそうに慎吾は眺めていた。

 「…ったく、そんなくっだらねぇことに、オレ様をつきあわせんじゃねぇっつの…。」

小さく呟いた慎吾の言葉を、沙雪は聞き逃さなかった。

 「別に、アタシはあんたじゃなくてもよかったのよ!なんなら、中里君にでも連れてきてもらえばよかったかしら?
 真子はここには来辛いだろうし…。」

沙雪の視線が、池谷を捕らえた。
池谷はその意味に気付き、思わず視線を逸らした。

 「あぁーっ、もう!どいつもこいつも!別に責めるつもりはないけど、池谷君がもう少し粘れば真子だって…
 まぁ、それはいいわ。
 で、慎吾も!あんただって、つまんないことで中里君と顔合わせたくないって言うから付き合わせてあげたんじゃない!
 それなのになによ、その言い草!なんならここで、みんなに聞いてもらう?あんたがなんで峠に行きたくないかって!」
 「ばっ…ばかやろっ!ふざけた事、言ってんじゃねぇっ!わかったから、早く済ませろって!」
 「何よ!もしかしたら、拓海くんが来るかもしんないじゃん!」
 「オレは、あいつにも会いたくねえんだよっ!…いいから、ほらっ!」

慎吾は、沙雪が大事に持っていた包みを奪うと池谷に押し付け、無理矢理ナビシートに押し込んだ。
軽く「邪魔したな。」と声をかけて自分も乗り込むと、マシンは息を吹き返す。
沙雪が窓を開け、エンジン音に掻き消される声は「よ〜っく確認して、アタシのを一番先にしてねv」とかろうじて聞き取れた。
そうして、突然の来訪者は、慌ただしく帰っていった。
後に残ったのは、沙雪が池谷に渡したチョコと、呆然と佇む3人。

 「嵐が、去った…。」
 「そうっすね…って、どうしたんすか、池谷先輩!」
 「真子ちゃん……。」
 「あ〜ぁ、ぶり返しちゃったよ…こうなったら、そっとしとくしかないな…。」
 「それにしても、庄司の中里さんと会えない理由って、何なんですかねぇ。」

これは、バレンタイン前の週末のこと。


END



また出してしまいました、秋名lonly driver's(?)
一応、バレンタインでということだったのですが…。
これは、もしかしたら、拓海がいかに人気があるのか?
という話なのかもしれない。
そこに、沙雪と慎吾を絡めたという…。
あまり深い意味も無く(^_^;)
どうして慎吾は中里と会いたくないのか?
それはまた次回(え?)
池谷くん救済処置のおまけはこちら→

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