However〜Latter part



秋名のスタンドからの帰り道。
ちょうど退社時刻と重なって、幹線道路は込み合っている。
ハンドルを握る慎吾は、相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。
その横顔を眺めていた沙雪は、軽くため息をつく。


慎吾が機嫌をそこねたのは、だいたい2週間ほど前まで遡る。
走り屋たちの考えている事は大概一緒で、まだ雪の残る妙義にも走りたくてしょうがない奴等が集まっていた。
Night Kid'sのメンバーも、その中に当然含まれている。
最近、女性ギャラリーの増えた妙義の走り屋達の間では、違う目的も見え隠れしていたのだが。
あと数週間に迫ったイベントのため、彼女達にアピールしようと躍起になっている者が少なくないとか、 彼女達がお目当ての彼の情報をリサーチすべく、まだシーズン前の峠に出向いて来ている、ということがそれを如実に物語っている。
峠に女性ギャラリーが来るというのは、見た目はもちろんだがやはりそこで早い車と、その持ち主が目当てで。
今のところ、妙義で早い車といえばNight Kid'sの2トップということになるだろう。
そのbPといわれるリーダー 中里は、年明けの仕事がたてこんでいてあまり峠に顔を出す事が出来ず、久し振りに来たと思えば 走りこんでいる状態で取り付くしまが無い。
そこで彼女達は他のメンバーにいろいろと聞いていて、そんな様子を慎吾は遠目に眺めていた。
何を聞いているのかはっきりとは聞き取れないが、面白くないことには違いない。
(あいつらに聞いて、何がわかんだよ…っつーか、俺に聞かれても答える気ねーけどな。)

 「慎吾さん、顔が怖いっすよ…。」
 「元からだろ。」
 「そんな顔してっから、彼女達が声かけ辛いって…。」
 「はぁ?」

中里が来ている事もあって、付き合い程度に残っていた慎吾にメンバーが話し掛ける。
興味無さそうに煙草に火を入れながら、彼の視線が向く方に目をやった。
そこにはこちらの方をちらちらと見ている2人組の女性がいて、話がついたと思ったのか、慎吾と目があった途端に駆け寄ってきた。
近くで見ると結構艶やかな容姿をしているが、普段から沙雪を見慣れているためにそれほど興味を惹かれることもなかったが。

 「庄司くん!アタシ達、あなたのファンなんだ!」
 「キャ〜、マジ?!本物だ!すっごいカンゲキ!」

はしゃいでいる彼女達の反応に対し、慎吾はすっかり冷め切っていて、内心『高橋兄弟から手ごろなのに乗り換えたってとこか…』なんて 考えていたりする。

 「あのさ、庄司くんって甘い物って大丈夫な方?」
 「バレンタインも走りに来るよね?アタシ達、絶対来るからさぁ。」
 「受け取ってくれるよね?」
 「ヤダ、楽しみ〜!」

慎吾は何も言わずに黙って聞いていただけだったが、彼女達は一方的にそう言って満足したように去っていった。
何だかそれだけで疲れてしまって、彼女達を連れてきたメンバーを軽く睨みつけた。
彼も気まずそうに苦笑いを浮かべて、慎吾の側から離れていく。
ここのところ、走りに来るたびに繰り返される同じような会話に、いい加減うんざりとしていた。


寒空で鮮やかに輝く星を見上げて大きく紫煙を吐き出すと、聞きなれたノイズが駆け上がってきた。
その音の方へ視線を向けると、ゆっくりと駐車場に入ってくる威圧的なマシン。
うっすらと積もる雪に、くっきりと映える黒い車体。
そちらへ歩み寄ろうとした慎吾は、待ちかねたように中里のマシンに駆け寄る数名の女性達の姿を見て、思わず足を止めた。
マシンを降りた中里はそんな彼女達に驚いたように、半身引いた位置で対応している。
ここから声は届かないが、その表情には戸惑いが感じられ、うろたえがちに返答している様子が見えた。
そして、照れた様に髪をかき上げて笑みを浮かべている中里に、慎吾は無性に腹が立っていた。
(ヘラヘラしやがって!)
その怒りは、中里が意外と女性に人気があることや、彼女達に笑みを浮かべていることのどちらにも当てはまっている。
これ以上そんな中里を見ていたくなくて、慎吾は自分のマシンに乗り込んだ。
最近、こんなんばっかだ…気分悪ぃ、面白くねぇ…。
セルを回すと、エンジンが噴ける振動で鍵の束がチャリンと鳴った。
いつもは中里のアパートへ寄っている週末…今日はそんな気になれずにそのまま自宅へと向かっていた。


その後、中里から【今日はどうした?】とメールが入ってたのを軽く無視して(電話はもちろん出なかったし)、それからも妙義へ行く事は 無かった。
そのまま、今日―バレンタイン前の週末にいたる。

 「ねぇ、本当に行かなくていいの?」
 「あぁ?どこにだよ…。」
 「妙義に決まってんじゃん!」
 「…なんで?」
 「だって、今日は中里くんから【行けない】メールは無いんでしょ?走りに行くんじゃない?」
 「べっつにぃ…どうでもいいだろ、そんなの。」

沙雪の方を見ずに、真っ直ぐ前を見たまま慎吾は答える。
本当は、行きたいくせに…そう口に出かかった沙雪だが、それを言う事は無かった。
慎吾の性格上、それを言うとかえって反発するのは目に見えていたからだ。

 「ふーん…なら、いいんだけどさ。」

わざとそっけなく返すと、慎吾も興味無さそうに「おぅ…。」と答える。
自分の気持ちをも持て余しているような慎吾を見かねて、沙雪はしょうがないな…と苦笑する。
小さな頃から、大好きなものは独り占めしたがった慎吾…でも、他の人もそれが好きだと言うとすぐに手放してしまう。
いつも、自分だけの大好きを探していた慎吾。
今の慎吾にとって、大好きなものは中里で、他の人がそれを気に入るのが面白くなくて…。
だけど、いつまでもそんな事言ってたら、そのうちに大切なものまでなくしてしまうじゃない。
もうそろそろ、気付きなさいよね!

 「ところでさぁ、あのチョコの数、見た?あれ全部、拓海くん宛てなのかなぁ?拓海くん、大人気じゃん!」
 「だな…。」
 「妙義にも最近、女の子が増えたみたいだし。アンタ目当てな娘達もいたんでしょ?」
 「興味ねえよ。」
 「中里くん目当てもいるんだろうねぇ…でさ、チョコもちゃんと受け取ってくれそうじゃない?彼、律儀そうだしさ。」
 「そんなの、知るかよ。」
 「アタシ、その娘達見てみた〜い!…そうだ!これから行こうかな、妙義!」
 「オレは行く気ねえぞ。」
 「いいよ、別に。真子と行くし…。ついでに、中里くんがどれくらい貰ってたか、教えてあげるわ。」
 「余計な事、しなくていいっつーの!」
 「またまたぁ、気になるんでしょ!」

そう言いながら、真子を呼び出すために携帯を開こうとすると、EGは派手な音をたてて路肩に止まった。
反動で前に飛び出しそうになる身体に、シートベルトが食い込む。

 「ちょ、ちょっと!危ないじゃない!何すんのよ!」

シートベルトを握り締めて睨みつける沙雪に、ハンドルに突っ伏したままの慎吾が小さな声で呟いた。
よく聞き取れなくて「え?」と聞き返すと、俯いたままゆっくりと頭を上げる。
表情を隠している前髪を鬱陶しそうにかき上げ、慎吾は眉をしかめているが、どこか照れ隠しにも見えて。

 「しょうがねえから、お前送ったら行くって!…勘違いすんなよ!オレは行きたくねえんだからな!
 お前がうるせーから仕方なくだかんな!」
 「はいはい、わかった。仕方なくね。でも、アタシ達は行っちゃダメなわけ?」
 「お前と真子ちゃんが揃ったら、他の女が霞んじまうだろ…。ちったぁ、考えろ。」
 「やだ、嬉しい事言ってくれちゃって!そんな気サラサラないくせに。」
 「素直に聞いとけ!かわいくねーな。」
 「ま、そういうことにしとくわ。それにしても、どれくらい貰えるかな。アンタも、中里くんも…。」
 「関係ねえ…っつーか、オレの方が多いに決まってんだろ。」

「面倒臭ぇなぁ…。」とぶつぶつ呟く慎吾だったが、妙義に行く口実ができた事で表情は幾分和らいでいた。
結局、勝手に機嫌をそこねて中里と顔を合わせ辛くなったから、何かきっかけが欲しかったくせに。
多分中里は気にしてないだろうし、いつも通りに接してくれるとは思うけど。
周りから、気まぐれとか自己中とか言われていても、本当は弱い所を全部強がりで隠してるだけ…そんな慎吾のことをわかってるだろうから。
少しご機嫌な慎吾を横目で見ながら、沙雪は呆れながらもホッとしていた。

 「まったく、素直じゃないんだから…。」


頂上の駐車場に滑り込むと、いつもの場所に収まっている黒のマシン。
その横で煙草を燻らせている持ち主は、慎吾の姿をみつけるといつものように片手をあげた。


END



いつもながら、なんでしょうね、これは…。
バレンタインのはずだったんだけどなぁ。
女の子達に、ちょっと嫉妬してる慎吾?
それか、自分よりも人気あるかも…な中里にライバル心バリバリの慎吾?
で、顔合わせ辛くなっちゃった慎吾に、世話を焼いちゃう沙雪…。
大体、うちの彼等の関係って、こんなとこです。

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