TAKE MY SOUL



慎吾は度々、機嫌を損ねる。
俺にしてみれば、本当に些細な事だと思う。
でも、慎吾にとってそれは重大な事なんだろうか?
以前に比べれば、回数的には減ってると思うけど。
その内容は、全然違うもので。
変わらないのは、その不機嫌の中に、いつも俺の存在があった事。

そんな事を、最近になって気が付いた。


さっきまで、愛車によしかかって煙草を燻らせていたはずなのに。
頂上に着いていきなり取り囲まれたと思ったら、乱暴に吐き出されたノイズと共に紅いマシンは飛び出していった。
(また、やっちまったかな…。)
すぐに携帯を呼び出したが、案の定出るはずも無く。
また、慎吾の機嫌を損ねたようだった。
今回はさしずめ、ヘラヘラしてるのがムカツク!ってとこだろうか。
こんな風に、慎吾の胸中を推し量ったりしている俺自身に、内心苦笑いしている。
さて…どうしたもんかな。

とは言うものの、さして名案なんて思いつくはずも無く。
やっぱりいつもの如く、メールしてみたりする。
こんな時、メールってのは本当に便利なもんなんだと気付いた。
まぁ、慎吾が開きもしないで削除したとしても、否応無く受信はしているはずだ。
電話のように着信拒否とか、出た途端に切られるとか、あれが結構きついもんだってのもわかった。
こんな機嫌の取り方しか出来ないのをもどかしくも思うが、他に術を知らないのだからしょうがない。
そのうち、機嫌をなおした慎吾が峠に顔を出したら、俺は何も無かったように振舞えばそれでいい。


平日だというのに、仕事から帰ると来客用駐車スペースに見慣れた紅い車の存在。
運転席には気まずい顔をした男がひとり。
 「いつからいたんだ、慎吾?」
窓を叩いてそう言うと、黙ったまま車から降りて早く行けとうながした。
こんな気まぐれにもだいぶ慣れてきている自分が可笑しかった。
その時、慎吾が俺の手元を見ていることなんて、気付きもしないで。

部屋にあがり込むといつもの定位置にどっかりと座り込む。
俺は、窮屈なスーツから早く開放されたくて、荷物を置くと真っ直ぐに寝室へと向かった。
着替えている間に何か見つけたらしい慎吾が、ダイニングから声をかける。
 「おい!お前、これだけか?」
訳が判らず寝室から出た俺の視界には、いつの間に出されたのか、テーブルに積み上げられた包みの山。
それは今日、会社の女子社員や、取引先の娘、立ち寄ったコンビニの店員…から貰ったチョコレート…。
そういや、バレンタインだったな…まさか、こいつ!そのチェックのために来たのか?
少し呆れて、ため息混じりに「まぁな…。」とだけ答えると、後ろを向いて小さくガッツポーズ。
良かったよ…お前の方が多く貰ってて…こんな事でも、慎吾の機嫌が良さそうだから。
一つ一つ眺めていた慎吾が、いきなり口を開いた。
 「なぁ、これ食っていい?」
どうせなら、自分が貰ったやつを食えよ…と言いたい所だが、甘い物が苦手な俺はこれ全部を自分で食べきる自信も無い。
手伝ってもらえるならありがたいか、どうせ義理だし…と思い、コーヒーを煎れようと台所へ向かった。
お湯を沸かしている間に客用のカップを用意しながらふと考える。
(これだけ頻繁に来るのなら、慎吾用のを揃えた方がいいかもしれないな。)
程無く、ほろ苦い香りを漂わせ、ゆらゆらと湯気を上げるカップを両手に持って戻った俺は、テーブルの惨状を見て唖然とした。
 「お前、そんなに甘党だったか?」
コーヒーを煎れているホンの少しの間に、解かれた包装紙と空の箱が積みあがっていた。
 「やっすいのばっか…全部、義理だってバレバレじゃん。」
コーヒーを置いて、向い側に座ると自然とため息が零れた…はいはい、お前のは全部本命だよな…。
全部食われちまいそうで、俺も手近な包装を解いた。
口に含むと、広がる甘さがいつまでも残る。
貰っておいて言うのもなんだが、やっぱりこういうのは少しでいいと思う。
それが本命だったら、尚更で…でも、去年のは、甘く無かったよな。
だから、全然、無理することはなかった。
今年は……。

あれだけあったのが、残り僅かになって。
ほとんどが慎吾に食われた気もするが。
慎吾が次に手を掛けた包みに気付いて、俺は思わず声をあげた。
 「あ、それはダメだ!」
それは、他の明らかに義理とわかるようなものとは違い、少し大きめで綺麗に包装されたものだった。
慎吾は俺のその言葉に、眉をしかめて怪訝な顔をする。
瞳が『なんでだ?』と言っているのが、容易にうかがえる。
 「いや、その…。」
すると、一層眉間に皺がよった。
そのままを言えばよかったはずだった。
入社当時から世話になっている先輩の女性社員から貰ったのだと。
あの会社で、俺の車に関しての数少ない理解者なのだと。
彼女は、同じ会社の先輩と結婚するために今年度末で退社するのだと。
何かの拍子に、シャンパングラスを持ってなくて気が利かないと言われた話をして、いいのを見繕ってくれると言っていた。
去年の、バレンタインの話だ。
多分、これはそのグラス。
そして俺は、彼女に少し好意を持っていた…のだと思う。
だから、うまく言葉に出来なかった。
最近の慎吾が不機嫌になる理由…何を言ってもそれに繋がりそうで。
ただ、言葉を濁すしかなかった。
それも、慎吾が機嫌を損ねる充分な理由になるのがわかっているのに、だ。
要領悪いよな。

 「悪かったな…帰る。」
おもむろに立ち上がると、上着を握り締めて視線を合わせることも無く玄関へと向う慎吾。
あぁ、やっぱり、またやっちまった。
 「慎吾…おい、待てよ。」
引き止めるのは、正解か?
そんなこと、どうでもいいか…とにかく、何か…。
俺の言う事を聞いたのか、慎吾は玄関先で立ち止まり、背中を向けたまま言った。
 「なぁ、あれって、本命か?」
慎吾の言う”あれ”が、さっきの包みの事だとわかるのに暫らくかかった。
少し間を置いて、俺は漸く口を開いた。
 「いや…違う。」
 「ふぅ〜ん、ま、いいや。なんか、チョコ食いすぎで、胸悪ぃし…。じゃな。」
こちらを見ることなくドアを開けて出て行こうとした慎吾が、思い出したように振り返った。
 「胸悪ぃから、何もやらねーけどよぉ!」
 「なに?」
 「来月、期待してっからな!」
その言葉の意味がすぐにはわからなくて、慎吾の瞳を見つめ返した。
慎吾は、器用に方眉だけを上げて、皮肉めいた笑みを浮かべた。
でも、返す視線は頼りなげで、強がっているのだとわかった。
慎吾は、他人の影を思い浮かべて不安を募らせては、それを強がって隠す。
俺はいつから、慎吾にそんな思いをさせるようになったんだろう。
俺はいつから、慎吾のそういう癖に気が付くようになったんだろう。
気付いていながら、はっきりしない俺は、なんて最低な奴なんだろう。
 「期待、してろ。」
そうだ、期待していろ。
少しでもお前が安心するような、お前にそんな瞳をさせないような、何かを探すから。
そんな言葉だけなのに、慎吾の表情が和らいだ気がした。



END



あぁ〜〜っ!なんだろう、これって!
ホワイトデーのつもりで書いてたのに、今さらバレンタインだし…。
しかも、2人とも別人、訳わからず。
最近は、慎吾のご機嫌は垂直まで曲がってるようで。
毎度の事、こんな話にしかならないし。
それでもUPしてしまうのって、どんなもんなんでしょう?
愚痴っぽくて、すいませんです…(苦笑)

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