MAKE UP YOUR MIND



せっかく調子よく走ってて、エンジンも程よく回ってると思ったのによ。
ポタポタと2、3粒落ちたと思ったら、いきなりバラバラきやがって。
しばらく待ってはみたものの、止むどころかますます激しくなる雨足に埒があかねぇ。
あいつも痺れを切らして、チームの奴等を解散させるし。
まぁ、こんな時に走って大コケしてりゃ、世話ねぇけどな。
ホントは、久し振りにあいつと勝負かけるつもりだったのによ。
やってらんねぇよな…。


で、いつもの如くあいつの部屋に転がり込んだオレの目の前にあるのは、香ばしい湯気を立たせたマグカップ。
ドリップ式のインスタントだけど、あいつの好みのメーカーのもので、結構いけたりすんだよな。
つけっぱなしのTVからは、タレント達がちょっとしたことを大袈裟に話してたりするけど、あんま耳には入ってねぇ。
あいつもあいつで、コーヒー啜りながら車関係の雑誌なんか眺めてるし。
なんか、オレ達って、ほのぼのって感じ?…っつーか、何まったりしてんだかよぉ!
そうじゃねぇだろ!走れねぇんだぞ?走り屋から走り取ったら、何にも残らねぇだろ!?
こんな時は、アルコールだろうよ!もっと、こう、やりどころの無い憤りを感じたりしねぇのか?

―――って、最初は思ったんだけど、さ。


あの日も小雨混じりの日で、騙し騙し走ってたけどどうにもタイヤがズルズルになってきて。
もともと雨天用とか用意するほどの予算もねぇし…(どっかの金持ちと違ってさ!)
雨も本格的になったところで少し早めに解散ってことになった。
最後に降りるあいつを待って、一緒に降りるのが最近のオレ達。
オレもチームのbQだから、リーダーとつるんでても別におかしかねえだろう。
最初のオレ達を知ってる奴等にゃ、ちと気味悪がられてるみたいだけど、オレが文句は言わせねぇ。
確認する事も無く一緒に帰るのも、なんつーか、習慣みたいになっちまったし。
そして、部屋に上がりこんですぐに冷蔵庫を開けるのもいつものことだったのに…。

 「ちょっと、待てよ。」
 「はぁ?」

今日に限って、それを止められた。
なんで止められたのかわからなくて、ちょっと睨み返してやった。
すると、あいつは気まずそうな顔しながら、キッチンへ消えていった。
程無くして部屋の中にたち込める香りに、あいつが何やってんのかは解ったけど、それは今やることなのか?
週末の夜だぞ?どうせ走れないんだし、後は寝るだけだぞ?だったら、飲むっきゃねぇだろう?
戻って来たらまくしたててやろうとした言葉は、あいつが手にしているものでどっかに消えた。
見覚えの無い、マグカップ。
両手に持たれたそれは、どう見たって同じ大きさで、同じ形で、同じ色で…。
違う所といえば、ワンポイントで入れられたロゴの色だけ。
互いのマシンに合わせた赤と黒。

 「なんだよ、それ…。」
 「あぁ、お前用にと思って、さ。ついでに自分のも買っちまったけど…。」

はぁ?
それって、気付いてねぇかもしれないけど、もしかして”おそろい”ってやつじゃねぇ?
うわぁ……マジかよ。
あんまりベタすぎて…笑えねぇ…。
お前らしい、っちゃ、らしいけどよ。

 「お前…女が出来ても、そんなことしてる訳?」

思ったまま、それが素直な感想だった。
あいつはちょっと憮然とした顔をして、そのマグカップをオレに手渡した。

 「…してねーよ。」

あいつは呆れ顔でため息をつく。
ふと、壁際に置いてある、申し訳程度の食器が収められた棚に目がいった。
そこに、一つだけ場違いなグラスが一客、ポツンと置かれていた。
それはきっと、あのバレンタインの日にオレに触れさせなかったあの包みだ。
オレの見ていた物に気付いたのか、あいつもそちらに視線を向けた。

 「気に、なるか?」
 「別に…お前の部屋だし…女連れ込もうがどうしようが、お前の勝手だし…。」

あの時の気持ちが蘇る。
他人の影が気になって、どうしようもなく不安になった。
そんなとこ見せたくなくて、強がってみせた。
だけど、お前は期待してろって言ったから。
その言葉しか、確証が持て無かったから。
でも、それが明白な物かは、オレにはわからない。
黙ったままのオレに、あいつの声が響いた。

 「考えすぎるなよ、慎吾。この部屋に入れた女なんて、お袋ぐらいだ…。
  それに、私物を置かせたのはお前しかいないしな。」

それを聞いて、改めて部屋を見渡した。
まるで他人の…女の気配を感じない、あいつそのままの部屋。
飾り気の無い、シンプルな色合いで統一された部屋。
その所々に、最近オレが持ち込んだ物達が置かれていて。
この部屋にそぐわない物だけど、でも、退けられずにそのままそこにあって。
そうやってオレの物がこの部屋に増えていくにつれ、ここにオレの居場所が出来ていく。
そして今、オレの手の中に、あいつが用意したオレ専用のマグカップがある。
それって…さぁ。

オレはここにいてもいいって…お前はそう思ってる…っていうこと、か?



 「気に入らないなら、好きなの持って来いよ。こんだけ頻繁に来るなら、客用のよりいいだろ。」

はぁ…オレもとうとう、焼きがまわったか…。
こんなことで、簡単に浮き足だっちまうんだから。
やってらんねぇ、よな。
だから、思わずにやけちまいそうな顔を、熱いコーヒーで誤魔化した。
気付かせたくないから、憎まれ口で返す。

 「期待してろ、なんて大口叩くから待ってやってたのに、散々待たされた挙句この程度かよ。
  まぁ、こんなもんだとは、予想ついたけどな。せっかくだから、使ってやるさ。」

「はいはい…。」って言いながら、やっぱり呆れて苦笑いするあいつ。
多分、オレがどう思ってるかなんて、解っちゃいないだろう。
でも、お前も腹決めろよ。
オレは、この居場所を手放すつもりはないからな。



END



”決心しろ”というらしい、このタイトル。
どこが?と言われたら、言葉も無い(ーー;)
最後の台詞が、辛うじてそれらしいかな。
まぁ、これまでもタイトルと内容は一致してないような気もしますが…。
本当はホワイトデーの話だったはずだけど、気がつけばもうこんなに過ぎてましたとさ。
はぅ〜(-_-;)
だんだんと、慎吾の乙女化が加速してるようで、こんなキャラじゃないはずなんだけどなぁ。

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