BE MY BABE



取引先へ行く途中、視界の端に鮮やかな色合いで揺れる物が映った。
それがなんなのか理解して、あぁ、そんな時期なんだ…と、考えながらハンドルを握る。
そして、通行止めになるから迂回して…とか、車どこに止めるかな…とか考える自分に苦笑した。
ガキの頃は、あんなに楽しみにしてたはずなのに。
あ〜ぁ、つまんねぇ大人になっちまったなぁ…。

少し残業した帰り際、胸ポケットに軽い振動を感じた。
その短い振動は、メールが着信した合図。
開かれた携帯の画面の文字に、俺はまた苦笑してしまう。
  【祭り行くから、早く終わらせやがれ!】
ま、こんなのも悪くないと思う…そんな金曜日。

【今、出る】と、それだけのメールを返そうとした途端に、また携帯が震えた。
あまりにもいいタイミングに少しうろたえてしまったが、そこにはすっかり見慣れてしまった名前の表示。
メールきたばっかりじゃねえか…なんて思いながらも電話に出れば、案の定、聞きなれた声が耳に入る。
 『まだ、おわんねえのかよぉ。』
 「もう、帰るところだ。」
 『じゃ、待たせんなよな!今、下にいるからよ!』
 「はぁ?」
急いで帰り支度を済ませて、周りに挨拶をして事務所を出ると、玄関を出てすぐのところに電話の主が待っていた。
辺りは徐々に夕闇に包まれて、ポツポツと明かりが灯りだす。
車を置いてきているという電話の主−慎吾と一緒に、神社へと向う大通りを歩く。
 「しかし、意外だな。お前が祭りに行くって言い出すなんて。」
 「べっつに…てめえが暇だと思ったからよ。付き合ってやるぜ。」
そんな慎吾の横顔が少し愉しそうだったから、やっぱ、悪くないと思った。

露店が並ぶ通りには、色鮮やかな堤燈が下げられて、人込みの波にゆらゆらと揺れている。
家族連れや、友人同士で連れ立っている人の波の中、スーツ姿の俺とラフな慎吾の2人連れは少し異質に映るのではないか?
だが、そんなことを気にしているのは俺だけで、慎吾は気にする風も無く周りを眺めながら隣を歩いている。
ふと、足を止めた慎吾につられてそちらを見ると、狭いケージの中で窮屈そうにしているそいつ等がいた。
上になり下になり、忙しなくゴソゴソしながら「ぴぃぴぃ」と鳴いている、ひよこ達。
そのひよこ達を眺めている慎吾に、そこのオヤジが話し掛ける。
 「兄ちゃん、こいつ等気に入ったか?」
 「別に、そんなんじゃねえ。」
 「そうか?でも、こいつ等は兄ちゃんが気に入ったとよ!特に、こいつなんて…。」
そう言って、その中の一羽を手のひらに乗せた。
手のひらの上のひよこは、仲間から離されて一層鳴声をあげた。
 「こいつ等のこのつぶらな瞳見ても何とも思わねえなんて、あんまり薄情じゃねえかぁ?」
しばらくひよことオヤジを見比べていた慎吾は、おもむろに俺の方を向き意味深な笑顔を浮かべる。
そして…。
 「そいつ、連れてく。」
 「まいどありっ!」
 「マジかよ…。」
紙の袋に入れられてぴぃぴぃ鳴いているひよこを慎吾に手渡す、満足げなオヤジ。
ひよこを受け取り、何かを企てているような笑みを浮かべる慎吾。
どこに連れて行かれるのか(多分)不安だろうひよこと同じように、俺は慎吾が何を考えているのか不安でしょうがなかった。

ひよこをつれたままでは人の中を歩く事はできなくて、いつものように慎吾は俺の部屋に転がり込む。
物置にあったダンボール箱の中にさっそくひよこを放して、小皿にオヤジから分けてもらった餌を少し入れた。
俺はそんな慎吾を見ながら、どうしても気になっていた事を聞かずにはいられなかった。
 「ところで、このひよこは…。」
 「当然、お前が飼うの。」
 「はぁ〜〜!?」
そりゃぁ、ガキの頃に祭りでひよこを買った事はある。
結局、その世話は親に押し付けてしまい、二度と買って来るなと釘を刺された。
悩んでいる俺を他所に、慎吾とひよこは意気投合している(?)ようで、2人でじゃれあっている。
 「ここは、ペット禁止なんだぞ!それに、俺は一人暮らしだし、仕事の間はどうすんだよ!」
精一杯の抵抗だったが、そんな抵抗も、空しく響く。
 「ひよこぐらい、どぉってことねえだろ!それに、こいつは一人でもたくましく育ってみせるってよ!」
 「ぴぃ!」
慎吾に答えるようにひよこは一声鳴いて、俺はこめかみに軽い痛みを感じていた。

週があけて、部屋に残された俺とひよこの2人。
仕事に行く前に餌と水の用意をして、出かける背中越しの鳴声に後ろ髪を引かれる思いがする。
だからって連れて行くわけにもいかず、早く帰らなきゃなぁ…なんて思って部屋を出た。
そして仕事も早々に部屋に戻ると、ひよこは箱の隅に小さく丸まっていた。
恐る恐る突付いてみると、もぞもぞと動き出したのでホッとしたところ、帰ってきたのを見計らったように携帯が鳴った。
その第一声は…。
 『よぉ、タケシ元気か?』
 「は?俺なら…。」
 『お前じゃなくて、ひよこ!そいつ”タケシ”っつーの!』
 「あぁ〜ん!?」
電話の声が聞こえたのか、ひよこのタケシが声をあげる。
 「ぴぃぴぃ!」
 『おっ!元気そうじゃん、タケシ!』
俺の頭痛は、止みそうに無い。

タケシと一緒にいて、気が付いた事。
最初は、箱のままずっと玄関に置いていた。
俺が部屋に入り一人きりになると、途端に「ぴぃぴぃ」と鳴き出す。
どうかしたのかと思って様子を見に行くと、鳴き止んで一人で遊びだす。
そんなことを繰り返すものだから、仕事から帰ると部屋の中に入れるようになった。
タケシは、俺が見ていると餌を食べない。
そりゃ、俺だってじっと見られてちゃ食うのも気が引けるだろうが。
それでも知らないうちに与えた餌はキチンと平らげている。
暫らく鳴いているのを放っておくと、そのうちピタッと鳴き止んで。
具合でも悪いのかと思い、俺が触れようとすると、指を軽く突付く。
まるで、構うな!とでも言うように。
そのくせ、また放っておくと、構え!と鳴きだすんだ。
これじゃ、まるで…。

…慎吾みたいじゃないか。

誰かが側にいないと心細いくせに、人を突っぱねる。
タケシはきっと”飼主”じゃなくて”買主”に似る、っていうやつだろう。
それとも”類は友を呼ぶ”ってことなんだろうか。
俺が何を考えてるかなんてお構いなしに、タケシは遊びつかれて丸まって眠っている。
そういえば、慎吾も丸まって寝てるよな。
2人になってしまった慎吾の世話する事を考えると、知らずにため息が零れてしまう。
反面、丸まって眠るタケシが慎吾と重なって、それも悪くないか、なんて考えているあたり、俺も相当物好きな大人なんだろうな。

END


「3300」のキリ番を申告してくださった、@ミルク金時様へ。
リクエストは「夜店で買ったひよこに振り回される2人」
「慎吾に似て天邪鬼なひよこ」ということでしたが…。
これでは、慎吾とひよこに振り回される中里ですね(-_-;)
せっかく申告してくださったのに、長いし、訳わかんないし、
ちゃんとお答えできたのかどうか…いかがでしょう(ドキドキ)
こんな話になりましたが、@ミルク金時様へ捧げます。
貰ってやってくれると、嬉しいです。
申告、ありがとうございました。
これからも、よろしくお願いしますねm(__)m
おまけ→

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