中里は賑やかな街を歩いていた。
隣には、フリースのパーカーを羽織って寒そうに縮こまっている慎吾が、並んで歩いている。
自分はというと、仕事用のスーツではなく、Tシャツにジャケットというラフな格好をしていた。
今日は平日じゃなかっただろうか?と思ったが、まわりを見てもビジネスマンらしき姿が見えず、皆くつろいで休日を愉しんでいるという
感じだった。
中里も何となく、自分の勘違いだろうと納得して、隣の慎吾と歩調を合わせた。
そう言えば、今日は慎吾が買い物に付き合えとせがむから街へ出て来たんだと徐々に思い出して、どうしてこんなこと忘れてたんだろうと
苦笑する。
急に笑い出した中里を、慎吾は怪訝そうな顔で眺めていた。
暫らく歩いていると、ジャケットの裾を軽く引っ張られて、中里はその場で立ち止まった。
数歩先でそれに気付いた慎吾も、どうしたのかと振り返る。
中里の振り向いた先にいたのは、ジャケットの裾を握り締めている中学生ぐらいの女の子で、中里と目が合うとスッと反対の手を
差し出した。
そして。
「TRICK or TREAT!」
「「はぁ?」」
いきなりのことで意味がわからず、中里も慎吾もポカンとした顔のまま、数秒…。
「「あんた、誰?」」
同じタイミングで同じ言葉を発する2人に、少女はくすくすと笑い出す。
中里と慎吾は、顔を見合わせて気まずい顔をする。
「ねぇ、それで、どっち?」
「「だから、何!?」」
少女はそう言ったまま、ニコニコと笑顔を浮かべていた。
2人にはまだ言葉の意味はわからず、それに少女の正体といい、疑問ばかりが増えていく。
深くため息をつきながら、関わり合いにならないように賑わっている通りを早足で歩いた。
結局少女は何も言わず、わからないことだらけのまま、2人の後をついてくる。
そろそろ帰るつもりで、珍しく車を出した慎吾の真っ赤なEG6へ近付いた時、少女は急に声をかけた。
「ねぇ、さっきの意味。『お菓子をくれなきゃ、悪戯するよ!』って意味なんだけど。」
「何だ、それ…。」
「あぁ…、あのカボチャ祭り…。」
「違うって!今日はハロウィーンだよ。万聖節(ばんせいせつ)(11月1日)の前夜祭。
アメリカでは、カボチャをくり抜いて目鼻口をつけた提灯を飾ったり、夜に子供たちが怪物に仮装して、
近所を回って菓子をもらったりするの。その合言葉だよ。
もともとは、秋の収穫を祝って悪霊を追い出す祭りだそうだけど。」
慎吾の言葉を遮って、少女がハロウィーンの説明をする。
それでさっきの言葉の意味は理解できたが、少女が何をしたいのかはまだわからなかった。
「お菓子は持ってなさそうだし、だとすると悪戯しちゃうしかないじゃない?
さぁって、何しよっかな!」
「ちょーっと、待った!そんなのは、ダチ同士でやってくれ!オレ達にゃ、関係ねーだろっ!」
「どうして、あかの他人の俺達にそんなこと…。」
苛付いている慎吾をなだめつつ、中里も一番の疑問を口にする。
すると、少女はゆっくりと瞬きをして、少し明るめな色をした瞳で2人を見つめにっこり微笑んだ。
「だって、私の視界には君達しか入らなかったから。それに、何だか他人の気がしないんだ!
ずっと一緒にいたみたいな感じ?」
「はぁ?何言ってんの?」
「冷たぁ〜い!そんな冷たくされたら、叫んじゃうからぁ…。」
「叫ぶ…って、何を…?」
「たすけてぇ!ストーカーに、襲われちゃう〜!」
それほど大きな声ではなかったが、周りの人が何事かとこちらの方を見ている気配がして、中里は急いで慎吾と少女を
車に押し込んだ。
「ねぇねぇ、貴方達って、走り屋でしょ?この車って、それっぽいもん!」
後ろの座席から身を乗り出して、少女ははしゃいだ声をあげる。
慎吾は対照的に、不機嫌そうな顔をしたままだった。
「あのさぁ、そろそろ名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃない?」
「自分は何も言わないくせに、オレ達に名乗れってか!」
「慎吾…まぁ、それくらいいいだろ。俺は中里毅、こいつは庄司慎吾だ。
俺達は、Night Kid'sってチームで一緒に走ってる。こいつは下りのスペシャリストだ。」
「すっごーい!ねぇ!私、一緒に乗ってみたい!」
「乗るって…こいつの下りにか!」
「だぁ〜って、スペシャリストなんでしょ!そんな走り、体験してみたいじゃん!」
単純な物で、すごいと言われて悪い気はしないのか、慎吾は少し機嫌を良くしたらしかった。
「それじゃ、このまま妙義まで…。」
妙義まで走ると…慎吾がそう言いかけた時、視界が一瞬ぐらついた。
それは中里も同様で、再び視界が戻った時、そこはいつもの妙義の頂上駐車場だった。
いや、街を出たときはまだ夕暮れ時のはずだった…なのにここは、深夜の妙義峠。
「今の…なんだ……。どうして、ここに…?」
「わから、ない…まるで、一瞬で移動したみたい、で…。」
ハンドルを握ったまま呆然としている慎吾に、中里も訳が判らず言葉に詰まる。
いつもの妙義の風景が、今日はやけに妖しく映った。
天頂に、紅く輝いている細く尖った三日月がぶら下がっている。
「ここが、妙義なんだ!ねぇ、ここから降りていくの?」
いつの間にか車から降りていた少女は、この不自然さに気付いてないのか、これから向う先の見えないコースを見下ろしている。
車から降りるには、前に席のどちらかが降りなければならないのに、中里も慎吾も乗ったままだ。
それに、平日でも走りに来る連中がいてもおかしくないのに、今ここにいるのは自分達だけだというのも、妙だった。
「なんか…変だ…。」
「…なぁ、中里……今日って、なんとか流星群の日か?」
「え?」
「うわぁ〜!きれ〜!!もっと、降れ〜!」
慎吾の呟きと、少女の歓声につられて、中里も上空を見上げる。
満点の星が瞬く中、一つ、また一つと、星が流れていく。
その数は徐々に増えていき、空一面に広がった。
まるで、現実味の無い風景。
「夢……。」
中里は、自分で言った言葉に戸惑っていた。
これは認めていい物だろうか…認めてしまうとやばいんじゃないか?
『大丈夫、そのまま身を任せて。』
どこからか、声がしたような気がした。
隣にいる慎吾も同じ事を思い、同じ声を聞いたらしいというのは、顔付きを見てわかった。
その証拠に、面白いものを見つけた時の、片方の口角を上げるような笑みを浮かべている。
でも、これは中里の夢なのか…慎吾の夢なのか……それとも……。
「おい!走るぞ!」
慎吾は外にいる少女に声を掛ける。
急いで翔けて来る少女を後部シートに乗せて、慎吾はいつものスタート地点へ車を寄せた。
「しっかりつかまってな!妙義最速の走りを拝ませてやるぜ!」
「うん!楽しみ〜!」
「泣いても、止めねえからな!」
そう言った直後、体中に軽く前方からのGがかかる。
窓から見える周りの風景が、速度に合わせて流れていく。
峠下に輝いている街の明かりがきらきらと流れていくのが、天頂で流れる星達と重なった。
「すごい!ホント、速〜い!飛べそう!」
後ろでシートベルトにしっかりとしがみ付いている少女が、歓声をあげる。
その少女の声に答えるように、辺りは輝きを増した。
車は、その輝きに包まれている。
「そうか…これは!」
「あぁ、これは夢なんだろ!だったら、空でも飛べるんじゃねえの!」
「えぇっ!ちょっと…なに、それ〜!」
眼前には、コーナーが迫っている。
慎吾は減速する様子を見せず、反対にどんどんスピードを上げていった。
「きゃ〜〜!!」
少女は両手で顔を覆って、悲鳴をあげた。
車はコースを外れて、崖下へまっ逆さま…になるはずだった。
だが、いつまで経っても衝撃は起こらなかった。
「いつまで目ぇ瞑ってんだよ。」
「見てみな…壮観だぜ。」
2人の声に、少女は恐る恐る両手を離した。
眼下に広がるのは、きらきら灯る街灯り。
目の前には腕を組んだ慎吾と、周りを見渡している中里が、星空に囲まれている。
「もしかして、浮いてるの?私たち…。」
「そういうこと、だな。」
「すごい!夢みたいだよ!君達って、超能力者?!」
少女が、少し興奮したように感嘆の声をあげる。
慎吾と中里がそっと手を差し出すと、少女はゆっくりとそれをつかんだ。
何も無い足元が不安定そうだったが、2人に支えられて安心した表情を見せた。
「俺達…っていうより、魔法使いは君だろ。」
「しっかし、エライ少女趣味な夢じゃねえ?」
「え?ゆめ…。」
「あぁ、これは誰かが見ている、夢だ。例えば…君……。」
「私の…ゆめ……。」
少女が走ってみたいと望めば妙義へ、星の流れを望めば流星群へ、飛翔を望めば空へ。
少女の望みは、そのまま叶えられる。
ここは少女が見ている、少女の世界…少女の夢。
「何が望みだ?魔法使い。」
「今の俺達は、君の望みを叶えられるはずだ。」
「私の…望み……。」
少女は微かに頬を染めて、少し俯いた。
上空に舞う風に、少女の髪がさらりと靡く。
「私…貴方達に会いたかったんだと思う。本当は会えるわけないから、それなら夢の中でも、って。」
「知ってんのか?オレ達の事!」
「何となくだけど、ずっと身近に感じてたよ。だからあの時、貴方達しか視界に入らなかった。」
「そう…か。」
街は灯りが少しづつ減っていき、眠りにつこうとしていた。
それに反するように、空に輝く星は輝きを増していた。
暫らく上空から街を見下ろしていたが、濃紺に染まった空が地上近くから朱を帯びて、だんだんと夜が明ける気配を見せ始める。
これは、少女が夢から覚める象徴なのかもしれない。
2人に支えられている少女もそのことを薄々感じ取ったのか、寂しそうに表情を曇らせる。
中里はジャケットのポケットに何かが入っているのに気付き、それをそっと握り締めた。
「祭りもそろそろお開きか。」
「『TRICK or TREAT』…まだ、返事してなかったよな。もらい物で悪いが、これで勘弁な。」
「え?」
中里がポケットから差し出したのは、街頭で配られていた新製品のキャンディの試供品。
隣で「しけてんなぁ。」と、慎吾が呆れてため息を付く。
少女は両手でそれを受け取ると、手の中にしっかりと握り締めた。
「ありがとう。嬉しいよ。」
少女を支えたまま、ゆっくり地上へと降下していく。
見慣れた妙義の駐車場は薄靄がかかり、自販機の明りが辺りをボンヤリと照らしていた。
朝日がそろそろと顔を出し始め、朝焼けが夜空をじわじわと侵食していく。
あれほどの輝きを放っていた星達も、すっかり目立たなくなってしまった。
少女は、別れの時を感じたのか、今にも泣きそうに瞳を揺らめかせている。
「私…まだ貴方達といたいな。これが夢なら、覚めなければいいのに!」
聞こえるか聞こえないかの微かな声で、少女がそう呟いた。
それが無理だという事は、慎吾も、中里も…もちろん少女にもわかっていた。
「もう、潮時か。なぁんか…あっけねぇな…。」
「しょうがないさ。いつまでも、こうしてはいられない。」
「さって!次はいつだ?クリスマスか?その次は正月だろ?まぁ、いつでもいいんだけどよ!」
「そうだな。どうせ、俺達はずっとここにいるから。だから今日は、ここまでだ。」
今日はここまで…この次は…2人の会話に未来の再会が約束されているようで、少女の表情に明るさが戻る。
「…わかったよ。この次は、中里さんの車にも乗せてね。」
陽光は、駐車場一帯に広がる薄靄を掻き消していく。
早朝のひんやりとした澄んだ空気が、心地よかった。
髪をかき上げて口角を上げるだけの笑顔の慎吾と、少し俯きがちに照れ笑いで頷く中里を交互に見やり、少女は大きく深呼吸した。
「HAPPY HALLOWEEN!」
少女がそう言った瞬間に、駐車場に一閃の朝日が差し込み彼等を包んだ。
慎吾と中里は、眩い光に溶け込むように少女の姿が霞んでいくのを、ただ見送るだけだった。
「ありがとう。またね。」
そんな言葉だけが、彼等の耳に残された。
目が覚めると、そこはいつもの自分の部屋で。
いつもの時間、いつもの部屋、何も変わりは無いはずなのに、愉しい余韻が残っているのは、さっきまで見ていた夢のせい。
彼等に会いたいと願った心が、夢の中の私を少女の姿に変えて。
そして、私は、夢で出会った。
手の中に残された小さなキャンディが、彼等に出会えた確かな証拠。
「…また、ね。」
END
うわぁい、見事な夢落ちだ!
この話は、カウント5151を申告してくれた、
@ミルク金時さまのコメントを参考にさせてもらいました。
…が!こんな意味合いではなかったかもですね(^_^;)
取り合えず、ハロウィンに絡んでみました。
戻る