夜空には、朧に浮ぶ月。
穏やかな陽射しの日中とは違い、まださすがに夜風はひんやりとしていた。
残業で取りあえず仕事を片付け、明日からはカレンダー通りだが連休になる。
久しぶりにゆっくりメンテでもしようか…なんて考えて。
一息ついているところを、テーブルの上に置いたままの携帯に呼び出された。
こんな時間に掛かってくるなんて、珍しいと思いながら携帯を開く。
見慣れた名前に、気持ちが少し緩んだ。
「なぁ…ちょっと、出てこれねぇか。」
なにか…いつもと少し違う声音が、気にかかった。
「いいけど…今、どこにいるんだ?」
「んー、お前んちの近くの公園。」
そこまで来てるなら、部屋に来たらいいじゃないか…。
そう言いかけて、やめた。
どうせ、素直に聞きはしないだろうし。
「ちょっと、待ってろ。」
俺は、ジャケットを羽織って、部屋を出た。
近所の公園は、心細い街灯とぼんやりした月の明かりに照らされていた。
キシッ、と鎖の軋む音が静かな公園内に響く。
音の方へ視線を向けると、ブランコに腰掛けている人影が見えた。
「どうした、慎吾。」
声をかけてゆっくりと近づくと、俺に気付いた慎吾が手元から何かを投げた。
反射的にそれを受け取ると、それは飲み物の缶で。
ブランコの横には、この公園に一本の桜。
忘れられた様に、一つ二つと花が残されただけ。
もう、盛りの時期は、過ぎてしまったから。
「何か…あったか?」
そう言いながら、缶のプルタブを起こすと、派手に音を立てて中身が噴出す。
「おわっ!」と、変な叫び声をあげて、急いで身体から離したが、手元は泡だらけ。
缶の中身は、いいだけ慎吾に振り回されたビールだったらしい。
「バッカでぇ〜!」
そう言って、馬鹿にしたように笑う慎吾を一睨みしたが、確かめなかった自分も迂闊だった。
濡れた手を振って、飛沫をかけてやると心底嫌そうな顔をして睨み返してくる。
やられるばかりじゃ、割に合わないからな。
少し温めのビールを一口飲むと、それを見ていた慎吾がニカッと笑った。
まだ何か仕掛けてたのか…と、慎吾とビールを見比べて見る。
「…月夜の花見…なんて、なかなかオツだろ?」
上空に浮ぶ月を見上げ、機嫌良さそうに笑う慎吾の顔を見て思う。
あぁ、こいつはもう自己完結したみたいだ。
それなら、わざわざ掘り返すこともないか。
「まぁ、な。」
「なぁ、お前の連休の予定は?」
「別に…これといって決まってはないけど…。」
「だと思った。…ってことで、今日、泊めろよな。」
その手には、コンビニで買い込んだつまみとアルコールの袋があって。
多分そうだろうとは思ってたけど。
最初からそう言えばいいのに…ったく、素直じゃない。
END
WEB拍手から、繰上げ。
お花見の時期も過ぎて、桜も終わった頃。
月夜に、僅かに残された花を見ながら、飲むのっていいなぁ…と。
以前、夜に車で走ってて公園の横を通りかかった時。
ベンチに座って話していた、学生らしい2人組みを思い出して。
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