ずっと、一緒だった。
いうなれば、相棒と呼べるもの。

かなり、無茶なことばかり、要求していたと思う。
思い通りにならなくて、当り散らしたこともあった。

でも、今、思い返して見れば、コイツのいない生活は考えられなくて。
俺は、あまりにも未熟で至らない頃からずっと、コイツに支えられていて。

この瞬間が訪れるまで、気付かなかったんだ。

the Race is Over



就職が内定して真っ先に思い浮かべたのは、スーツを揃えるとか仕事先の不安とかを考えることではなく。
自分のマシンを、手に入れることだった。
修理工場の知り合いのツテで、中古でも条件のいい車をあれこれ検討して、そんな時に出会ったマシン。
ワンオーナーで年式も新しい、小さな傷はあるが無事故車で、この車種にしては走行距離も少ない。
ノーマルのままの状態で、手を入れた様子もない。
オークションに出せばそれなりの額で取引できるのだと、その知り合いは意味深な言葉でけしかける。
何故、持ち主が手放したのか疑いたくなるような好条件に、俺は迷わず飛びついていた。

在学中から、俺は自分で車を持てる様になったらしようと決めていたことがある。
― 峠で…妙義で、走る事……。
その修理工場でバイトしながら、簡単な整備とチューンを覚えていった。
車の雑誌を眺めては、どんなマシンなら、どんなテクなら、速く走ることができるのか考えた。
自分の理想に近いマシン…それが、今、目の前にある。
それまでに貯めていたバイト料やお年玉、足りない分は給料から返していくと親と約束して。
俺はほぼ即決で、そのマシンの購入を決めたのだ。

黒光りする、S−13を…。

****

マシンを手に入れてからの俺は、会社と妙義を往復するような毎日だった。
慣れない仕事でのミスや人間関係も、ただ無心に峠を走れば解消できた。
最初は、コースをなぞるだけの拙い走り。
徐々にコースに馴染んでくると、より速く走りたい欲求が膨らんでくるのは当然だろう。
コーナーに入る時のブレーキのタイミング、抜ける時の踏み込み。
僅かな判断のミスが、谷底へを誘う妙義のタイトなコーナーを、如何に素早く走り抜けるか。
部品を揃え、自分なりに調整して走り込む…それの繰り返し。
ドリフトは、峠で走るために自然に身に付いてきたテクだ。
ブレーキングと同時にハンドルを切り込み、流れる車体を押さえてアクセルを踏み込む。
綺麗に決まるようになったのは、それだけこのマシンとの相性が良くなった証拠だと思う。
そのうち、妙義の走り屋達とも顔見知りになり、あるチームに参加する様にもなった。
そのチームは妙義峠ではトップクラスだったが、気性の荒さも群を抜いていた。
そんな連中に鍛えられ、俺は走りも腕っ節も、妙義で名を知られる様になっていった。

思えば、俺の生活の中には、いつだってコイツがいた。
俺の機嫌のいい時は、コイツの走りも調子がいいような気がした。
仕事でムカついた時や、走りに満足しなかった時…俺は自分の不甲斐なさを無視して、コイツに当り散らした。
馬鹿みたいに無茶苦茶に走って、ちょっとの油断でもう御陀仏かと諦めた時だって、コイツはボコボコになった癖に、俺は傷一つ負うことはなかった。
いつだって…コイツは、俺にとって最高の相棒だったのに……。

マシンの差を、見せ付けられた。
そりゃ、腕の差も、あっただろうけど。
俺は、それを認められるほど、大人ではなくて…。
大事な相棒を…物足りないなんて、思ってしまって……。

その時は、コイツを手放すことに、なんの抵抗も感じなかった…。
俺は、ホントウに、大馬鹿だ。

****

新しいマシンの契約が済み、納車まで暫らく日が空いた。
コイツとは、もうそれまでの期間しかなくなった。
心無しか、コイツの声が、切なげに響いた。
それほど、満身創痍だったのかもしれない。

コイツとの、最後の夜。
俺は、人気の無くなった妙義峠へと来ていた。
何か、考えがあった訳じゃない。
ただ何となく、気が付けばここに来ていただけだ。
でも、それは当然だったのかもしれない。
俺とコイツは、ここから始まったのだから。

頂上の駐車場に、低い声が響く。
2度…3度…咆哮を上げて、コースへと飛び出した。
迫りくるコーナー…踏み込むアクセル、金切り声を上げるスキール音。
流れる景色、身体に感じる遠心力…この、感覚だ。
コイツと感じる、同じ感覚。
一緒に走っていると、感じる時。

拙い走りの頃から、いつの間にか妙義でチームを任されるまで、俺とコイツは一緒だった。
熱の残る、ボンネットに手をかけた。
急に、複雑な感情が、溢れてくる。
まだコイツは、走れるじゃないか…まだ、一緒にやれるじゃないか…。
俺は、コイツに、何もしてやれてない…俺のことばかり…俺の、我侭ばかり……。

これで…終わり、なのか…?
お前は、それで、いいのか…?

なぁ…お前は、こんな俺と一緒で、よかったのか…?
後悔は……して、ないか?

…俺は、お前が一緒で…よかった……。
今さら…気付くなんて……。

****

バックミラーに小さくなっていく姿に、寂しさが込み上げて。

よろしくな、相棒。

あばよ、相棒。

****

…そして……。
もう一人の相棒と出会うのは、もう少し後のこと…。



END


<2007/9/9>

さよなら、相棒(シビッくん)記念(?)
私の気持ちを、中里に代弁してもらいました…(苦笑)
彼が、乗替えを後悔していたとは思わないけど、
ちょっとは寂しく感じているといい。
新しいマシンが来るのは嬉しいけど、手放しで
喜べない…といい。

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