定時になり、帰宅の準備を始める中里の隣へ、同期の阪本がにじり寄って来た。

 「随分、お急ぎのようだが、これから俺等に付き会うっていう気は無いかい?中里クン。」

まるで、社内で少し嫌味だと噂される上司のような口調だ。
どうやら、彼等はこれから街に繰り出すのだろう。
そう言えば、昼休みに他の課の奴等にも声をかけていたようだった。

今日は、週末。年末も近いため、忘年会シーズンで街も賑わう。
そして…。

街中が光に彩られ、人々が集う『クリスマス』の夜だ。

The night continues



 「あぁ――悪ぃ…今日は、パスだ。」

そう言った途端、阪本は大きく溜め息を付いて項垂れた。
ワザとらしく、大袈裟な振る舞いは、もちろん本気ではない。

 「そう言うと思ったよ…お前の週末付き合いの悪さは、今に始まったことじゃないし…。
  でもよぉ、こんな日じゃ、峠なんてまともに走れないだろ?
  こんな時くらい…。」

ここ2、3日、この地域の上空は寒気に覆われ、峠はもちろん、外は見事に雪景色だ。
その様子が一層『ホワイトクリスマス』の雰囲気を演出している。
賑やかだろう景色を思い浮かべて、中里は苦笑を零した。
一番、はしゃぎそうなアイツが、あんな状態じゃな……。

 「ちょっと、家で寝込んでる奴がいるから、様子見てやらないと…。」
 「……まさか、とは思うが…女か?!そうか!女なんだな!!」
 「違うって!!」

以前から、自分に彼女がいることになっているというのは、もしかしなくてもコイツが原因なのだと思う。
事あるごとに、女の気配に敏感に反応するが、勘違いもいいとこだ。
「うらぎりものぉ〜。」と、恨めしそうにしがみ付いてくる阪本を、同じく同期の岩城が宥めながら引き剥がした。
目配せを寄こすのは、この隙に帰れと言うことだろう。
片手で礼を返して、背中に阪本と岩城の会話を受けつつ、中里はこの場を抜け出した。
二人のことは、嫌いじゃない。
こんな付き合いの悪い自分にも、変わらず誘ってくれるのだから、出来るだけ答えたいと思っている。
でも、今日はちょっと無理だ…だって、アイツが待っている。

 …†………†………†………†………†………†………†………†………†………†………†………†………†…

昨日、区切のいいところまで仕事を片付け、自分のアパートに着いたのは7時を過ぎた頃だった。
来客用の駐車場に見慣れたワインレッドを見かけ、中里は急いで階段を駆け上がる。
そして、部屋のドアにもたれて白い息を吐く、慎吾を見つけた。

 「こんな所で、何をやってんだよ、慎吾……。」

寒さの所為か、頬が赤く染まっている。
ゆらりと中里を見上げると、鼻をすすりながら眉間を寄せた。

 「寒ぃ…早く、入れろよ!」

……ここで、気付けばよかったのだ。
でも、中里は、いつものことだと油断して、そのまま慎吾を部屋に入れた。


部屋にはいるなり、慎吾はヒーターを入れ、その前に陣取った。
余程、寒かったのだろう…それもそのはず、今日の夜辺りから雪が降るだろうと、天気予報は告げていたのだから。

 「今日は、何かあったのか?まだ、木曜なのに…。
  明日も仕事だし、お前だって、明日、大学だろ?」

スーツからラフな服装に着替えて、夕食の準備をしながら問い掛ける。
そうは言いながら、前にも平日にフラリとここに来て、朝一緒に部屋を出た事もあったので、特に気に止めていなかった。

 「別に…明日はたいして必要な講義、無いし………。」

だからって、俺は仕事なんだがな…。
そんなこと言ったところで、慎吾にとっては関係ないのだろうが。
軽いため息とともに、中里はアルコールの缶を慎吾に差し出した。
どこかぼんやりとして、ゆらと右手をさまよわせながら、慎吾は缶を受け取った。
プルタブを引く手がおぼつかず、やっとのことで引き開けると、止める間もなく一気にあおる。
すきっ腹にそんな一気に…と、呆れると同時に感じた違和感。

もう、部屋の中は十分温められている。
なのに慎吾は、上着も脱がずにヒーターの前から離れようとしない。
時折、体を震わせて、グスグスと鼻をすする。
目元まで赤みを帯び、瞳を潤ませ、視線は定まらない。
まるで、乾ききった喉を潤すように、アルコールを流し込む。
まさか、これって…。

 「バカやろっ!もう、飲むんじゃねぇ!」
 「喉、乾いてんだよ…飲ませろ…。」

缶を取り上げると、不満そうに眉をしかめる。
だが、そんな顔したってこれ以上飲ませるわけにはいかない。
慎吾の前髪をおもむろにかきあげ、ぶつけるように額を合わせた。
一瞬、驚愕に瞳を見開き、それから一気に顔を上気させる。
いつもなら文句の一つや拳が飛んでくるのだろうが、今はそんな元気もないらしい。

 「お前、熱があんだろ!とりあえず寝とけ!」

無理やり抱え上げベットに寝かせると、実際はかなりキツかったのか、大人しく布団にくるまった。
脇にはさませた体温計は、38度を表示していた。
平熱がそれほど高くない慎吾にとって、この体温では辛そうなのも頷ける。

 「…薬、くれ……。」
 「バカか!酒飲んでんのに、薬なんて飲ませられるか!下手したら…!」
 「でかい声で、わめくなよ…頭、いてぇ……。」

まだ減らず口はたたけるようだが、その声は力ない。
アルコールを飲んでしまったため、すぐには薬も与えられないし。
とにかく、熱を冷まさせないといけないと、額に冷却シートをはる。
小さく砕いた氷を口に含ませると、少し荒い息使いが落ち着いた気がした。
何でこんな日に、外でなんか待っていたのか。
ため息交じりにつぶやいた中里に、微かにかすれる声で慎吾は答えた。

 「今日は、早く帰ると思ったんだよ…どうせ、予定なんて、無いんだろうから……。」

そう言って、中里の視線を避けるように背を向ける。
熱のせいではない赤みが 慎吾の耳を染める。

 「……だって、クリスマス、だし……。」

そのまま、慎吾はゆっくりと眠りにおちていった。

危うく聞き逃してしまうほど小さな声で、慎吾がポツリとこぼした台詞。
その意味を理解した時、中里の体温が一気に上がった気がした。
もちろん、熱なんかのせいじゃなくて……。

 …†………†………†………†………†………†………†………†………†………†………†………†………†…

深夜に、少し荒い息をする慎吾の口に氷を含ませ、熱さで蹴飛ばしてしまう布団を掛けなおし。
そうしてウトウトとまどろみながら、中里が朝を迎えたころ、慎吾の呼吸は幾分落ち着きを取り戻していた。
汗で湿った服を着替えさせると、中里のトレーナーが慎吾にとっては少しダブついて見えた。
それほど体格差はないと思っていたのに、自分よりも少し細身なのだと気付く。
いつもは尊大な態度のオレ様なくせに、たまにこんなにしおらしくなってみたり。
少しずつ、中里が知らなかった慎吾のことに気付いてきて。
それだけ気を許してくれているのかと、いろいろな部分を見せてくれているのかと。
そんな慎吾に、なんだかんだ言いつつも、結局は目が離せない……。
額にかかる髪をすき、うっすらと浮かぶ汗をぬぐう。


まったく、世話が焼ける………でも、ほっとけない。


一人で残していくのも心配だが、仕事を休むわけにもいかず。
どうにか薬を飲ませると、渋る慎吾をなだめて家を出る。
昼休みにでも、一度様子を見に来よう。
街は、昨夜の名残でカラフルに彩られていた。
ケーキはまだ無理かもしれないが、せめてプリンくらいなら食べられるだろうか?

こんなに自分が世話焼きだったのかと、呆れながら…本当に、らしくない。



END


<2014/12/25>

久々の更新。
書きかけを見つけたので、続きを書いてみた。
これを書いていたこと自体、忘れてました(^_^;)
作成日『○年前』………笑うしかない。
なので、曜日の矛盾も大目に見てください。
ともあれ、メリークリスマス♪

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