昨夜は日付が変わるまで走り込んだというのに、無理やり呼び出された挙句車まで出す羽目になって、中里は些かムカついてはいたのだが、
このオレ様君はそんなことはお構い無しに、自分の用事に没頭していた。
自分の用事、とは、お気に入りのブランドの冬物を物色する事。
身に付けるものにあまりこだわる方ではない中里にとって、この庄司慎吾の用事に付き合わされることには、正直身を持て余していた。
手持ぶたさにいろいろ手にとってはみるが、あまり興味が無い事には変わりない。
慎吾の買い物はまだ時間がかかりそうだったので、一服するために喫煙スペースまで移動する。
そこで意外な人物に出会うことになろうとは。
ゆっくりと煙を吐き出し、一心地ついたところで後ろから中里を呼ぶ声が聞こえた。
「中里君じゃないか!こんな所で会うとは、偶然だね。」
その人は、すらりとした長身で身なりもきちんと整えられている。
私服の姿を見るのは初めてだったが、自分に似合う物を上手に合わせている。
モデル並の容姿に、すれ違う女性が振り返り、ささやき合う。
そんな人が、オレに声を掛けるなんて…。
中里は、自分が見られているのではないことを解ってはいても、集中する視線に気恥ずかしさを感じていた。
だが、その人はそんな視線をものともせずに整然と立ち振る舞う。
「大月さん…は、どうしてここに?」
その人は、大月埴史。
中里の会社の取引先で、何度か仕事を請け負った事があった。
その時の中里の仕事振りが気に入ったらしく、打ち合わせなどには中里を指名してくれるようになった。
年上らしい落ち着きを持った人物で、中里も好感を持っていた。
「甥に付き合わされてね。まだ時間がかかりそうなので、一服しに…。中里君は?」
「オレも…そんなとこ…です。」
年上だからか?大月だからか?いつも、緊張してしまう。
仕事の時は、たいしたこと無いのに。
別に気にすることはないのだけど。
「中里君、彼は、君の連れかな?」
「え?」
不意の問いかけに、何のことかすぐに気が付かなかったが、大月の視線を追ってやっと解った。
大月の視線の先には、周りを見渡している慎吾の姿。
どうやら、買い物は終わったらしい。
もう少し大月と話をしていたい気もするし、このままここにいるのは心苦しい気もするし。
だが、そろそろ戻らないと機嫌を損ねてしまうだろう。
「彼は…なにか、素直じゃない所があるだろう。」
「…な…!」
「でもそれは、本心を見せたくない強がりと、照れ隠しもあるのだろうな…」
「どうして…そんな…?」
大月の言葉に、戻ろうとした中里の足が止まった。
どうして一目見ただけで、慎吾の性格がわかるのだろう?
中里は驚いて、大月のことを見つめ返した。
その視線に気付いたのか。
「あぁ、すまない。急にこんな事を言ったりして、驚かせてしまったね。仕事柄、いろいろな人を見ているしね。
それに、私の知り合いに良く似た者がいるから…それでね。」
大月はそう言って、顔をほころばせた。
やさしい表情をしていた。
知り合いというのはきっと、この人にとって大切な人なのだろうと、その表情からうかがえた。
自分にとっての慎吾は、大月がその知り合いを思うように大切だろうか?と、ちょっと考えてしまったが。
「君も…真っ直ぐな気持ちを持っているが、それを表に出すのは苦手なようだね。想いの伝え方が、不器用なのかな?」
たった数回しか、しかも仕事上の付き合いだけなのに、何もかも見透かされているような気分だった。
「大月さん、あなたは…」
そう言いかけた時。
「こんなとこに居たのかよ!あんま、探させんなよな!…っと、知り合い?」
中里を見つけた慎吾が、たくさんの紙袋を抱えて駆け寄ってきた。
大月と中里を交互に見つめて、軽く会釈をする。
「引き止めて悪かったね、中里君。じゃ、また。」
大月はそう言って、その場から立ち去って行った。
中里がその後姿を見送るのを黙って見ていた慎吾だったが、大月の姿が遥か彼方へと消えたのを見計らって、中里に問い詰めた。
「あの、リーマン高橋兄みてーなの、何者よ?」
リーマン高橋兄…中里は思わず、サラリーマンスーツに身を固めた高橋涼介の姿を思い浮かべていた。
それを、大月の姿とダブらせてみる。
なるほど、言いえて妙だな…と、自分だけがのけ者になったみたいで機嫌をそこねている慎吾に構わず、一人で納得してしまった。
帰りの車中、運転している中里を無視して爆睡する慎吾の横顔を盗み見ながら、強がりな照れ隠しね…と、呟いてみる。
でも、こんなこと慎吾には絶対に言わない。
きっと、不器用な俺にはうまく伝えられないだろうから。
END
パラレルです。
中里の取引先が、大月の商社だなんて、少し強引ですね。
てるたの脳内設定なので何でもありです!
まだ、続くかと思われますが、お付き合いくださいマセ。
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