珍しく早めに帰れそうな金曜日。
今まで取り組んでいた仕事も一段落着いたところだし、今日は峠に走りに行けそうだと時計を見ながら考えていた丁度その時、
デスクに置いていた携帯が派手に震えた。
こんな時にまたクレームだろうかと重い気持ちで携帯を取り、着信も確認しないで電話を受けると、意外な声が聞こえてくる。
「よぉ、毅…これから時間あるか?」
いきなりの用件、だが今日は少し控えめだった。
「もう帰れそうだが…何かあったのか?…慎吾?」
いつものオレ様ぶりはなりを潜め、ためらいがちに話を切り出す慎吾。
「これから、飲みに行くけど…おまえも来いよ。今、下にいるから…」
「もう、そこにいるのか!飲みに…っても、俺、車だぞ!」
そう言いながら、急いで書類の束をカバンに詰め込み帰り支度をすると、
「いいんだよ!お前はただの足代わりなんだから!」
その言葉に思い切り脱力する。
帰り支度も止めたくなるぐらい。
「どうでもいいから、早く降りて来い!待たせんなよ!」
なんだか不機嫌そうな声に諦めてわかったと告げ、まわりにお疲れと声を掛けながら事務所を後にする。
階下へ下り玄関のロビーを出ると、ガードレールによしかかりタバコをふかしている慎吾の姿。
体中から不機嫌のオーラを撒き散らしているのは、オーラを感じる中里でなくても一目瞭然だろう。
だが、中里だっていきなり飲みに行くから来いと言われ、しかも足代わりだと言われれば、不機嫌にならないほうが変だ。
「お待たせしました、庄司様。目的地はどちらでございますか?
ご連絡いただければお迎えに伺いますが、お帰りは何時ごろになるでしょうか?」
顔を見た途端、ビジネス用の笑顔で皮肉たっぷりにそう告げた。
慎吾はさぞ激怒するだろうと思いきや、返ってくると思われた罵声はいつまでたっても来なかった。
不思議に思い慎吾の顔を覗き込むと、不機嫌には違いないがそれだけではない何か…不安そうな表情が見て取れた。
「どうした!何があったんだ?慎吾!」
いつに無い慎吾の態度に中里も不安になり、思わず肩に手を掛けて思い切り体を揺すぶった。
すると、うるさそうに手を払いのけ「なんでもねぇよ。」と呟く。
なお食い下がろうとする中里に諦めたように、慎吾は今回の飲み会の主旨を話し出した。
「江藤が…この前会っただろ?あいつが一緒に飲みに行こうって。その…お前も連れて来いって…。」
中里にはそれと慎吾の不機嫌の理由がわからない。
ダチと飲みに行くのに、こんなに不機嫌になるものなのか?
その中に、自分が呼ばれる理由も謎だった。
今回の飲み会ってのは、いったいなんなんだろう?
慎吾は慎吾で、この前の水支の中里への態度があれからずっと引っかかっていて。
そんなところに中里も一緒に飲みに行こうなんて誘いがあれば、不機嫌になるのも当然だった。
何が引っかかっているのかは本人もよくわかっていないのだが、はっきりしているのは中里が他の奴と親しくしているのは
ムカツクということ。
お互いがお互いの心の内を計れないまま、とりあえず目的地へと車を走らせた。
待ち合わせ場所は、最近新しく出来た居酒屋の前。
飲み屋に駐車場というのも変な話だが、中里は愛車をその駐車場へと滑り込ませた。
大きな車体を器用に操り、すんなりと枠に収めると、慎吾は渋々と車から降りた。
店の中はまだ新築住宅特有の匂いを微かに残してはいたが、様々な料理の匂いが鼻を付き空腹感に拍車をかける。
入り口で立ち止まっていると店員がすかさず寄って来て「2名様ですか?」と事務的な声を掛ける。
待ち合わせを告げるのと、水支が声を掛けたのはほぼ同時のことだった。
「庄司、中里さん、こっちこっち!」
開店間もないため店は込み合っていたが、予め予約でもしていたのか、奥の小上がり席で水支ともう一人の男性が到着を待っていた。
その男性が中里と慎吾を見止めた途端、小さく声を上げ一瞬その眼鏡の奥の瞳を大きく見開いたが、すぐにいつもの温和そうな瞳に
戻り「やぁ、君達だったのか。」と微笑んだ。
中里と慎吾もその男性を確認して同時に声をあげていた。
「お…大月さん!」
「リーマン高橋兄!」
すかさず中里は慎吾のわき腹を小突く。
慎吾は、痛みのためその場へうずくまった。
一人、どいうことかわからない水支が3人を見比べながら説明を求める視線を送っていた。
「なに?3人とも知り合いなわけ?もしかしてオレだけのけ者?落ち込んじゃうなぁ、オレ…。」
落ち込みモードの水支をよそに、恨めしそうに睨む慎吾を奥に押し込みながら中里は水支の向かいの席へついた。
中の座敷は掘り炬燵になっていて、足を下ろして居心地のいい場所を確保しやっと落ち着いた頃、4人揃った事を確認してか
店員が注文を取りに来る。
「お飲物は、いかがしますか?」
「とりあえず、生でいいよな?生4つ…」
「いや、俺は車だからウーロン茶で…」
アルコールを注文しようとした水支を遮り、車である事を告げる中里を、大月が意外そうに見つめる。
「ご注文繰り返します。生ジョッキ3つ、ウーロン茶1つでよろしいですね。」
頷く中里を確認して、店員が席を離れた。
店員がいなくなると、水支は身を乗り出し残念そうに嘆いている。
「なんで車なわけ?せっかく一緒に飲めると思ったのになぁ。」
「もしかしたら、アルコールは苦手かい?中里君。」
大月も気遣うように問い掛ける。
2人に詰め寄られ、仕切っているつい立まで身を引きながら首を横に振る。
「いや、飲めないわけじゃないが…。」
「こいつ、仕事帰りでそのまま来たから、しょうがねーだろ。」
割り込んで、中里に話をさせまいとするように慎吾が答えた。
不機嫌そうなのは相変わらずだ。
「車を置いてきてはどうだい?うちの社で利用している代行業者があるんだが…。」
気遣う大月の提案に、さすが出来る人間は思いつくことが違うと感心している中里を無視して、
「ダメダメ、こいつの車は他人が扱えるような車じゃねーから。」
すかさず慎吾が挑戦的に言葉を返す。
大月が気を悪くしやしないかとその様子にうろたえる中里と対照的に、それをおもしろそうに眺める水支。
中里の心配をよそに不機嫌を絵に書いたような慎吾を、気に止めるでもなく微笑む大月。
気まずい沈黙が流れて…それを打ち消したのは、やはり大月の言葉だった。
「もうそろそろ、どういう知り合いか教えてくれてもいいんじゃないか?江藤。」
「あ、それもそーですね。こっちがオレの飲み仲間の庄司慎吾、で、こちらが庄司の車仲間の中里さん…っと…。
2人とも知ってるんでしたっけ?先輩?」
水支は、さっきの様子から大月は2人とも知っているようなのに、紹介をして欲しいという事はどうしてなのだろうか?と疑問を
持ちながらも2人を紹介する。
「中里君とは、仕事でいつも世話になっているんだ。この前偶然街で2人に会ってね。君は庄司君というのか。
大月埴史だ。よろしく。」
大月が2人にそれぞれ声を掛ける。その姿勢が落ち着いた大人の男を感じさせ、中里は思わず恐縮してしまう。
慎吾は大月が言った『庄司君』という呼び方が妙にくすぐったく感じ「君はいらねーよ。呼び捨てでいい…」そう言いかけた途端に、
中里にわき腹を小突かれた。
今日だけで何回になるだろう。
「何すんだよ、てめー!何回も何回もど突きやがって!」
「それはこっちの台詞だ!失礼な事言ってんじゃねー!」
一触即発!つかみ合いになるかと思われたその時、
「お待たせしました!」
の声と共に、先程注文した飲物が運ばれてきた。
「じゃ、とりあえずカンパイといきますか。」
水支のカンパイの合図に、その場は何となく収まったようだった。
慎吾は軽くグラスを揚げ、そのまま一気にビールを流し込んだ。
どうやら、今日は飲み倒すつもりらしい。
「なかなかいけるねぇ。」などと、水支ははやしたてているが、中里は不安を隠せなかった。
こうして、波乱の飲み会が幕をあけたのだ。
END
一緒に、飲ませてみました。
なんだか、書いているうちに収集が
つかなくなってしまったような気がする…。
どうやって終わらせるんだろう、これ?
はうぅ〜、とりあえず、続いてしまいます。
こんなことしてて、怒られないんだろうか?
不安だ…(^^;
2へ>>
4へ>>
戻る