いつかどこかで 4



スーツ姿のサラリーマンとラフな格好の大学生という奇妙な取り合わせの2人が、同じような取り合わせの2人と一緒に飲んでいる… これは、第3者が見るとどういう風にうつっているんだろうか?
しかも、1組はモデルか?と思われるような容姿に対して、もう1組は少々強面の2人組。
この2組にどんな接点があるんだろうか?
隣では5杯目のジョッキを傾けている少し目が座り気味な慎吾と、その向かいには顔色も変えずに黙々と飲んでいる大月と、 そんな2人をかわるがわる眺めては笑みを浮かべる水支と。
ひとり素面の中里は、まるで傍観者のようにその様子を見ていた。
お互いに、それほど親密な関係ではないのだから、共通する話題が乏しいのは当然といえば当然で。
どうしても一方的な会話になってしまい、すぐに途切れてしまうのは仕方がないことだと思う。
そして、ネタが尽きてしまうのは時間の問題なのも、仕方がないだろう。
会話もなく静まり返る席を想像し、思わず居た堪れなくなる中里だった。
そんな中里の思いなんてお構いなしに、適当に頼んだ料理も食べきり、慎吾もそろそろ出来上がる頃、水支が口を開いた。

「なぁ、庄司。もし、ホンダでFR車を出したら、乗ってみたいって言ってなかったっけ、お前?」

車の話題になった事で、多少興味を惹かれたのか。

「ああん…?それがどうしたよ…。」

不機嫌そうな声ではあったが、座っていた瞳に少し光が戻ったような気がする。

「その、ホンダのFR車…S2000に乗ってんだよねぇ…先輩が。」
「え!マジで!」

あれほどのしかめっ面が一転し、瞳を煌かせて慎吾は大月に詰め寄った。

「なぁ、マジ?色は?パーツは?――。」

慎吾から次々に浴びせかけられる質問に、大月は苦笑しながらも対応している。
走り屋ではないのだからそれほどのチューンアップなどするはずがないのに、今の慎吾にはそんな理屈は通用しない。
大月に迷惑では?と慎吾を止めようとした中里を、水支が「いいからいいから。」と引き止めた。

「先輩は、うまく相手してくれるから、大丈夫だって。それより…中里さんの車って、どんなの?さっき、他人が扱えるような 車じゃないって…。」

中里は、興味津々に聞いてくる水支のその端整な顔立ちに少し戸惑っていた。

「俺は、GTRに乗ってる…。」
「へぇ〜、それってかなり速い車だよねぇ。走り屋じゃないけど、それ位はわかりますよ。公道のレーシングカーだって。
 そんな、ヘビーなの乗ってるんだ…すごいっすね。」
「まぁ…な。」

中里は自分の車を褒められて、ちょっと照れくさいが悪い気はしなかった。
水支も、中里の車に対して興味がわいたようで…。
そして、慎吾のS2000に対する興味も、話を聞いているだけでは収まらないらしく…。

「「ナビでもいいから、乗せてくんない!」」

慎吾と水支の声が重なる。
台詞も、タイミングも、見事なほどのユニゾンで。
そして、おもむろに顔を合わせる2人。

「「それは、ダメだ!」」

これもまた、見事にピッタリに。
あまりにも見事な附合具合に、思わず感嘆の声を挙げてしまいそうになるほど。
だが、事態はそれほど単純な事ではないらしい。

「先輩のナビに乗せろなんて、そりゃあ、贅沢なんじゃねえの?」
「お前こそ、こいつの32に乗せろなんて、命知らずじゃねえのか?」

どうやら2人とも、持ち主の存在を無視して乗車拒否を主張しているらしい。
2人の間に、目に見えない火花が飛び散る。
険悪なムードが、この小さな空間に充満していた。

「別に、ナビに乗るくらい……。」

重苦しい雰囲気に耐え切れなくなった中里が口を開くと、それを遮るように大月もポツリと呟いた。

「……江藤…。」

大月のその表情は、口元には穏やかな笑みを浮かべてはいるが、瞳は不機嫌を露にしているのは、誰が見ても明らかだった。
それを見た水支は、見る間に顔が青ざめていく。
慎吾はそれに気付かずに、不機嫌なオーラを振りまいている。
険悪なムードから、凶悪なムードまでレベルアップしたのを、中里はピリピリと肌に感じていた。

大月が、床に右手を触れた。
同時に小さく何かを呟いている。
何を言っているのかは、中里には聞き取れなかった。
ただ、大月の背後に何か強いオーラが漂っているのは見逃さなかった。

「え!ちょ、ちょっと、先輩!マズイっすよ…ああっ!」
「−−−−」
「…え?」

その途端に、その場に座っていられないほどの振動を感じた。
足元を突き上げるような衝撃に、一瞬、地震だ!と思った。
慎吾は、同意を求めるような視線を中里に送る…今、揺れたよな?…と。
中里もそれに黙って答えた…そのはず…と。
だが、周りを見渡してもそれらしい様子は見受けられなかった。
局地的?この小部屋だけ?そんな不可解な事、あるはずがない!
向かい側に目をやれば、頭を抱える水支と、涼しい顔でグラスを傾ける大月の姿があった。

「無茶苦茶っすよ〜、先輩…。」
「………。」

不満をもらす水支に対して向けられた大月の視線に、思わず背筋が凍る思いがした。
それほどにまで冷たく厳しい視線は、普段の大月から想像は出来なかった。
水支の青ざめた顔色が、だんだんと蒼白になっていく。

「なんなんだよ、今のは…!」

すっかり酔いも覚めてしまった慎吾が、真相を問い質そうとするのを水支が止める。

「そ、そろそろ、お開きってことで〜!な、庄司、先に外出て頭冷やそうぜ!」
「な、な、な、なんで!…って、引っぱんなって…!」

無理矢理引っ張りだされた慎吾は、つんのめりながらも水支に連れ出されていった。
残った中里と大月は、気まずい雰囲気のまま数分…いや、数秒…。
今起きた現象は、この人が原因なのでは?なんて考えて、そんな馬鹿なことあるわけないと自問自答していた中里は、 大月の眼鏡を直す仕草に、冷静そうに見えるが実は戸惑っているのではと感じていた。
そうしているうちに、大月が伝票をもってレジに向かおうとしている。
慌てて後を追い、自分と慎吾の分を清算しようとしたが、それはキッパリと拒否された。

「今回は、君達に迷惑をかけたみたいだしね。私に任せてくれないか。また今度、席を設けよう。」
「そんな訳には…ここはやっぱり……。」

自分が支払うという大月に、こういうことは変に律儀な中里はなおも食い下がるが…。

「では…これは、口止め料…ということで…。今日のことは他言無用に願うよ。」

眼鏡の奥に輝く瞳に、中里は確信をもった。
―さっきの不可解な現象は、この人が引き起こしたのだと!
口の端を上げて浮かべる笑みに、有無を言わせぬ強い意志が見えた。
実は、慎吾達の言い争いに一番呆れてはてていたのは、大月だったのかもしれない。
この人は、何かとてつもない力を秘めている…絶対に他言しないと、心に誓う中里だった。

外に出ると、充分に頭を冷やしたであろう慎吾と水支が、中里の車の前で何事か言い合っている。

「―――――乗ってみたいなぁ。」
「ばぁ〜か、オレのEGのほうが、すげーんだよ!」
「おっ!言うね〜。じゃ、今度庄司の車に乗せろよな!」
「おうよ!妙義最速の下りテク、拝ませてやるゼ!」

さっきの険悪なムードはどこへ行ったのか、実に和気あいあいと会話を弾ませている。
大月と中里はそんな2人の様子を見て軽い眩暈を覚え、思わずこめかみを押さえた。
お互いに、気まぐれな年下を相手にしていることに、奇妙な親近感を感じる2人だった。



END



=追記=
帰りの車中、機嫌が戻ったらしい慎吾に聞いてみる。
「お前、なんであんなに不機嫌だったんだよ。大月さん達に失礼だろ。」
「別に…いいだろ!オレだって、気がのらねー時もあんだよ!ほっとけ!」
言い捨てて「着いたら、起こせよ…。」と、寝る体勢に入っている。
中里はそれ以上の追求を諦めた。
慎吾の心中…『これ以上…ライバル増やしたかねーんだよ…。』

「先輩…さっきは、すいませんでした…。気に障りました?」
「いや、私のほうこそ、大人げなかったな。お前の結界が間に合わなかったら、どうなったか…。」
大月にしては珍しい後先を考えない行動に、水支はかえって不満の度合いが深いことを感じていた。
「それより、彼…庄司君、だったね。不機嫌そうだったが…どうかしたかな?。」
「いえ、先輩が気にすることじゃないっすよ。多分…。」
水支の心中…『そう、多分…庄司の不機嫌の理由は、オレも同じだから…。』


一体、何ヶ月飲んでたんでしょう、彼らは…(^_^;)
それも全て、オイラが悪いんですが。
どうやって収集をつけようか、悩みました。
ある程度は考えてたはずなのに、この体たらく…。
はぅ〜、終わらせようとしたのが見え見えの、
まとまらないものになっちゃったかも…。
すいません……。

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