教室の一角、愉しげに机を寄せ合ってお弁当を食べている奈津実、珠美、主人公。
いつものように、他愛ないお喋りに花を咲かせていた。
「そんなに、カッコいい人だったの?」
「結構、イケてると思うよ。」
「ふ〜ん…私も見てみたかったなぁ。」
その日の話題は、先日、課外授業と称する氷室のデートに便乗して上野まで行った時の話。
はぐれていた時に起きた事を、お互いに話し合っていたのだ。
「なんや、盛りあがっとるやないか?」
「なに話してんだよ。」
「あ、鈴鹿くん、姫条くん。この前の、上野に行った時の話をしてたの。」
「うん、なっちんがね、カッコいい人に声かけられたって…。」
「はぁ〜?そんなん、あるわけないやろ…げふっ!」
うずくまるまどかのそばに、拳を握り締める奈津実の姿が。
「あんたって、ホント、失礼!あの時の人とは大違い!」
「あん時って?」
「あんた達探して歩いてたら、声かけられたのよ!急に腕つかまれてちょっとビビッたけどさぁ。
『失礼…知り合いと間違えたようだ。』なんてにっこりされてさぁ…そう言えば、ちょっとスズカーと声が似ててね、
思いっきり間違えちゃった。でも、声だけね!」
「…お前も相当失礼な奴だな…。」
そんな鈴鹿の呟きも無視して、奈津実は話を続ける。
「でさぁ、見慣れない制服だし、一緒にいた人と迷ってたみたいだし、アタシ送ろうか?って言ったのよ。
そしたら!『いえ、そのお気持ちだけで充分です。では、我々は失礼します。』なんて、頭下げるじゃない!
なんか堅そうだけど、紳士的って言うのかなぁ…。髪なんか、かき上げちゃったりしてさぁ…。
あぁっ!名前と学校、チェックしとくんだった!」
「見慣れない制服って…どんなのだったの?」
「それがね、学ランなんだけど、襟とか肩先と袖口に刺繍が入ってて、なんか軍服っぽいイメージで…そうそう!
袖口にこう…房がついててね、胸元にプレートみたいなのが下がっててね…。」
袖口の房とか、胸元のプレートとかを身振り手振りで説明する奈津実の背後に、人の気配がした。
「ちょっと、藤井さん。その方って、サイドの髪を結わえてらっしゃらなかったかしら?」
「誰よ?!って、なぁんだ、瑞希と志穂じゃん…ビックリさせないでよね。」
「ですから!瑞希の言った事が聞こえなかったのかしら?」
「あぁ、髪ね…そう言えば、少し長めで後ろで結んでたような…。」
「やっぱり…その方は、特別公立天照館高等学校 総代 九条綾人様、通称『九条の君』ですわ。」
「特別公立?何、そんな学校あるの?それに『九条の君』って…。なんであんたがそんなこと知ってるのよ。」
「天照館高等学校の九条と言えば、私も聞いたことがあるわ。」
「志穂まで!いったい、その『九条の君』って、何者!?」
聞きなれない学校名に通り名まで持つその人物を、瑞希や志穂が知っているということに、情報通を誇る奈津実は愕然とした。
「天照館高等学校とは、富士の裾野にひっそりと構える秘境のような郷、天照郷に設立された学校ですわ。
なんでも、そこの生徒は旧家の血筋とか由緒正しき家柄とかが重んじられて、その中でも九条家といえば最も高貴なお家柄。
綾人様は九条家の嫡男で宗家となられる方ですからね。」
「九条さんって、全国一斉模試でいつも上位に入っているから…それで。
会場では見かけたことは無いけど、特別に受けているらしいから…。」
「瑞希は〜、お会いした事があるけど!」
「え〜!なんでよっ!」
「この間、テニス部の交流試合に久し振りにいらしてたから。なかなかお会いできる方ではないのよ、九条の君は!
お忙しい方だから、お目にかかれるなんてめったにないんだから!」
「この前の、テニスコートの人だかりって、その時のだったんだねぇ。」
「私達テニス部員は、密かに『九条の君』って、呼ばせていただいてるの。本当に麗しい方…。
もちろん、色様の次に、ですけど!」
「へ〜、そんなスゴイ人なんだ…ホントに、似てるのは声だけね、スズカー。」
「ほっとけ!」
声が似ているというだけで見知らぬ相手と比べられるなんて、鈴鹿にとってはいい迷惑だった。
うんざりとする鈴鹿の横で、まどかが不憫だというように苦笑いしていた。
「でも、天照館高等学校って、まことしやかな噂があるんだけど…。」
いつも噂話なんて関心を寄せない志穂にしては珍しく、自分から話を切り出した。
志穂の話に、全員耳をそばだてていると、そこへ…。
「おや?みなさんお揃いで、どうしたんですか?」
「あ、桜弥くん。今、みんなで上野に行った時の話をしてたんだけど…。」
「モリムラー、天照館高等学校って、あんた知ってた?」
「天照館…ですか?どこかで聞いたことあるような…。あぁ、そうですよ。
この間の模試の時に、随分落ち込んでらした方がいたのを覚えてませんか?有沢さん?」
「え?あ、あの…そう言えば、そうね。」
「東京の月詠学園の方だったんですけど、どうやら、想い人さんが姉妹校へ交換留学されたとかで…。
その姉妹校というのが、確かそのような名前だったような…。」
「…月詠学園なら、俺も知ってる…。入学案内のパンフモデル、やったことあるから…。」
それまでまわりの声を無視して寝込んでいた葉月が、その話題に興味を示したらしく、会話に加わってきた。
そして、カバンの中からおもむろにパンフレットらしき物を取り出した。
「…これ…。」
「この制服って…!」
「そや!あん時の美術館の前で会ぅた奴等が着とった制服や!」
「…あぁ、確か、そうだったな……。」
「あの時の失礼な男が、九条の君の学校と姉妹校だなんて、信じられない!」
そのパンフレットで葉月が着用している制服は、間違いなく月詠学園のものだった。
「やぁ、どうしたんだい?みんな揃って…。おや?これは、月詠学園のものだね。」
「色様!色様も、ご存知なんですか?」
「う〜ん…。月詠の学園長に、肖像画を描いて欲しいと頼まれたんだ…。
美しいとは言い難いしねぇ、あまり気乗りはしないのだけど…。まぁ、仕方がないね。
僕の美的センスを見込んでどうしても…というのだから…本当に罪作りなんだね、僕は…。」
頬に手を当てて、困惑気な表情を浮かべる色を、瑞希がうっとりと見つめている。
そんな自分達の世界に入り込んでいる2人はとりあえず放っておいて、奈津実は志穂にさっきの続きをうながした。
「あの2人はいいや。志穂、ところで、どこまで話してたっけ…?続けてよ。」
「そう?じゃあ…天照館高等学校って、特殊な能力を持つ人材を養成しているとか言う噂があるらしいの。」
「特殊な能力、って?」
「霊能力…っていうのかしら。
現代になおもはびこる妖を密かに祓い鎮める人達がいて、その人材を輩出する機関として設立された
…っていうのが、私が聞いたものなんだけど。
そうなると、九条さんもそれなりの力を持ってるということになるわね。なんだか眉唾ものだけど…。」
「…俺…嫌な事、思い出したぜ…。」
志穂の話を聞きながら、徐々に顔色が蒼ざめていく鈴鹿。
同じく、あの美術館の前での出来事を思い出して思わず身震いする守村、奈津実、珠美、主人公。
何も知らないまどかや話をしていた志穂も、それほど怖い話だったのかとうろたえる。
「あくまでも、噂よ。うちの教会の噂と同じようなものね。」
取り繕うような志穂の言葉に、乾いた笑いを浮かべる数名。
「ははは…そ、そうだよな…。」
「そう…ですよね。恐がるなんて、変ですよね。」
「うんうん、ただの、噂だよね。」
「そうそう、噂だよね。」
「だぁよぉねぇ!はははっ…。」
「なんやねん、いったい…。」
「………。」
虚ろな笑顔の彼等に、静かにしかし厳格に近寄る人物がいた。
「そんなところで、何をしている。昼休みの終了のチャイムが鳴ったのを、聞いてなかったのか?」
急にかけられたその声の主は、言わずと知れた数学教師 氷室零一。
「もう、授業が始まる時間だ。速やかに着席、及び、自分の教室に戻りたまえ!」
あたふたと自分のいるべき場へと散らばる彼等を、氷室は不機嫌そうに見やった。
そして、戻ったのを確認すると、さっそく授業を開始していた。
授業中、主人公の元へと手紙が回されてきた。
そこには奈津実の見慣れた文字が並んでいた。
”なんか謎だらけな人だけど、そんなスゴイ人に声かけられたアタシも結構スゴクない?”
END
『PANIC TRIP』の後日談。
はば学SIDEですね。
すいません…あいかわらず、
わかんないことしてます(^^ゞ
テニス部主将な総代…しかも、『九条の君』
なんか、勝手に作ってしまいました。
模試も受けてるらしいですし、
そこには橘さんもいるようです(^_^;)
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