言葉のちから



最近ずっと魔物の襲撃が激しく、2人の体力の消耗もピークに達している。

「こうも歓迎されたんじゃ、答えないわけにはいかないっすよねぇ。」

そんな軽口をたたきつつも、江藤はいつも私の前に出て印を結ぶ。
魔物の攻撃はほとんど私には届かない。
江藤が印を結ぶ事によって、魔物の攻撃は打ち消され、その隙を突き私が攻撃の言霊を唱える。
それは、江藤の『モリ』という宿命によるものだとはわかっている。
だが『カナテ』を守るという宿命、それだけのためにこんな危険な戦い方をしていては、江藤の命を失いかねない。
それも、私の不甲斐無さのために。
2人ともかなり消耗しているが、私をかばいながら防御の印を唱える江藤の方が疲れているのは明らかだ。
それを表に出さず、軽口で紛らわしながら自分を守り続ける江藤を見ていると、最初の頃の言葉を思い出す。

「先輩の事は、俺が守ります。命がけで守りますから。」

その時、私は江藤に言ったのだ。

「私も逃げずに戦う。その代わり、命をかけるなどと軽はずみな事をしないで欲しい。」と…。

江藤も約束してくれたはずだ。
なのに、実際は私は守られてばかりで、江藤に負担をかけているだけではないのか。
この戦いに、命の保障がないことぐらい判ってはいるのだが。



最近、よく夢を見ていた。
それは、目が覚めると思い出せないほど曖昧な夢なのだが。
何故か『辛い』感情だけが残っている後味の悪い夢で、明け方にうなされて目を覚ますというのを繰り返していた。
甥の空見に言わせると、デ・ジャ・ヴとか予知夢等の類ではないかと言われそうだが、この感覚はずいぶん前にも体験した事のあるもの だった。

高校時代、剣道部に所属していた私は、高校最後の大会のため他の部員が練習を終えた後も自主練習をしていた。
竹刀を握る両手に気を集中させていると、周りの喧騒が嘘のように静まり返る。
振り上げていた竹刀を気合と共に振り下ろす。
すると…空間を切り裂く衝撃波が辺りを貫いた。
それはまるで、大地から発動しているようだった。
自分の振るう剣は、あやかしの力を持つ魔剣なのではないかと思った。
その後、最後の大会に出ることも無く剣を置き、一生それを封印する事を心に誓った。

それからだ、あの夢を見るようになったのは。
そういえば江藤と出会ったのも丁度その頃だった。
私が高3の時に、江藤が中等部に入学してきた。
生徒会の生活指導という立場から、毎朝校門で遅刻者の取締りをしていた時、ひときわ目立つ容貌の中等部生がいた。
金髪に近い髪、整った顔立ち、深い水を湛えたような瞳。それが江藤だった。
ほとんどの中等部生が自分を遠巻きに見ている中、江藤から自分に話し掛けてきた。

「その制服、似合いますね。」

会話らしい会話ではなかったが、それ以来何かと江藤は自分に懐いていた。
懐かれて嫌な気はしなかったが、今思えば、江藤に会った夜は必ずあの夢を見ていた気がする。
大学に入り、忙しさに江藤ともだんだん疎遠になってくると、そのうち夢も見なくなった。
就職してからは、その夢を見ていたことすら忘れていたのだ。


取引先から帰社する途中、呼び止める声に振り向くと、私より少し高い身長の青年がにこやかに微笑んでいた。
その人懐っこい笑顔には、まだ少年の頃の面影が残されていた。

「大月先輩、お久し振りです。」

「江藤…江藤か?すっかり見違えてしまったな。卒業以来だから、8年ほどになるな。元気だったか?」

「はい、もう見ての通りで!先輩こそ、最近何もないですか?…その…例の幽霊騒ぎとか…。」

幽霊騒ぎとは、最近噂になっている通り魔のことだろう。
何人も襲われているという話で、病院に運び込まれた人も数名いるということだ。
その誰もが、幽霊や化け物に襲われたと口にしているらしいが。

「すいません、先輩、こういう話は嫌いでしたね。」

申し訳なさそうに江藤は眼を伏せる。
江藤はこの土地に古くからある名主の家系だ。
また、不思議なものを感じ取る力を持つ家系でもある。
前に一度、江藤に言われた事があった。



「先輩には、何か内に秘めた大きな力を感じます。」

剣を置いた理由は、誰にも話したことは無かった。
私の中の、悪しき力に気付かれたのかと思った。
こんな禍々しい力のことを知られたら、江藤は自分から遠ざかっていくだろう。
この力のことは、誰にも知られたくなかった。
その時の私は、江藤に対し不気味な者を見るような表情をしていたに違いない。

「すいません、先輩。気持ち悪いですよね、いきなりこんなこと言われたら…。」

今までのまとわり付く子犬みたいな表情から一転、何かに怯えるように視線を足元に向けた。
その時初めて江藤の不思議な力のことを知ったのだった。
江藤もその力のことは、誰にも知られないようにしていたらしい。
だが、私になら知られてもいいと告白してくれた。
そんな江藤に、私は力のことを最後まで認めようとしなかった。
こんな弱くて、卑怯な自分に嫌悪感を覚えた。
潔い江藤がまぶしく見えた。
疎遠になったのは、もしかしたらそのためだったのかもしれない。


江藤に再会してから間もなく、否応無しに自分の力を受け入れなければならない事態になり、共に魔物と戦うようになった。
魔物が時と場合を考えてくれるはずも無く、気配を感じる度にその場に赴き交戦することになる。
江藤は余程の用事が無い限り、毎朝マンションまで迎えに来て、夜は送ってから家に帰る。
そういう生活が続いていた。
今日もマンションの前まで送り届け、

「じゃ、先輩、また明日来ますね。」

そう言って、帰ろうとしていた。もう、深夜になっていた。

「まて、江藤。明日は土曜だし、今日は家に泊まっていくといい。疲れているだろう。少しは自分の体のことも気にかけた方がいい。」

江藤が驚きと戸惑いの入り混じった複雑な表情をした訳は、その時の私にはわからなかった。



部屋に来るまでの間、江藤は一言も口を聞かなかった。
部屋に入ると、一通り見回して納得したように呟いた。

「本当に、先輩らしい部屋ですよね。」

一人で住むには多少広く感じるのは、必要最低限の家具しか揃えられていないためだろう。
整然と片付けられたこの部屋が、住人の几帳面さを現していた。

「先輩、ちゃんと食べてますかぁ?冷蔵庫にアルコールと水しか入ってないっすよぉ、不健康だな〜。」

江藤は、いつの間にかキッチンに入り込んで冷蔵庫を覗き込んでいた。
そこから缶ビールを2缶取り出し、飲むでしょ?と言いながらリビングに入ってきた。
着ていたスーツをクローゼットにしまい、ラフな格好に着替えてやっと一息ついた。
最近はこういう生活が続いていたせいか、アルコールだけで済ましてしまうことが多かった。
2人で缶ビールをあけ、ぐっと飲み干した。空腹に、アルコールが染みる。
酔いが一気に回ってきて、二人とも無言のまま2缶目を開けていた。
ふと江藤を見ると、腕にくっきりと残る傷にジャンパーを脱いではじめて気が付いた。
多分、帰り際の交戦のときに私をかばって受けたものだろう。
アルコールの力も手伝って、つい口をついた台詞に、自分でも情け無さを感じた。

「江藤…この戦いに、何か得るものはあるのだろうか…」

江藤は何も言わずにただ黙って私を見ている。

「お前は、命をかけて私を守ると言った。そして、それを実行している。だが、私はお前に守られるに価するのだろうか?
 私達は、言霊使いなのだろう。私達の発する言葉には、霊力が備わっている。
 私なんかのために、お前が命をかけるなどと軽々しく言わないで欲しい。もしかしたら、本当のことになってしまうかもしれない。
 そんなことになるなら、いっそのこと…!魔物は、私を狙っているのだから…」

江藤が、飲みかけの缶をテーブルに置いた。
真っ直ぐに見つめる瞳に、泣きそうな自分が映りだされていた。
肩に手を置かれ、その勢いのまま仰向けに倒れ込んだ。
一瞬、何が起きたのかわからず、部屋の照明を仰ぎ見ていたが、それを遮るように江藤の顔が逆光にかぶる。
その時初めて江藤に組み敷かれている自分に気付いた。
何とか抜け出そうと試みたが、酔いの回った体は力なく、自分より体格の良い江藤にはかなわなかった。

「おかげさまで、大きく育ちましたよ。先輩を守れるぐらいに。もう、中坊の頃とは違います。
 それなのに、先輩がそんな弱気なこと言っててどうするんですか!言霊使いなんですよ!自分で言ったじゃないですか!
 言葉は力を持ってるんです!」

そう言う江藤の表情は、泣きそうになるのを無理にこらえているように、苦しげにしかめられていた。

「オレが、守ります。命をかけるってのは、先輩を守りきるまで死なないってことです。先輩を死なせないってことです。
 オレに、先輩の命ください。絶対に、守りきりますから…」

最後の方は、涙声にかすれて聞こえないほど小さな声で、しかしはっきりと江藤は言い切った。
出会った頃から、江藤は自分の宿命と戦っている。
その男が、命を預けろと、絶対に守るというのだ。
その言葉は何よりも強い霊力を持った言霊だろう。

「すまなかった…ちょっと、弱気になってしまったな。私も、もっと強くならなければならないな。
 お前が抱えているものを少しでも軽く出来るように。」

強がりな江藤の瞳から、涙が一滴、私の頬に落ちた。
そっと、目尻にたまる涙をぬぐってやる。
たゆまぬ水を湛える瞳から絶え間なく流れ落ちる涙は、私の指を伝って心にまで届いてくる。

「先輩…反則っすよ、その優しさ…。もう、オレ…かなわないです…。」

肩を抑える腕に力がこもる。辛そうに顔をしかめている江藤。

「どう…したんだ…江藤?」

江藤は、答えない。じっと私の顔を見つめるだけだ。
今まで江藤のこんな表情は、見たことが無い。
いや、以前一度だけ…あれは、江藤が力のことを告白した時…誰にも知られてはいけないことを伝える時の…。

「…先輩……抱きしめても…いいですか…」

「な………!」

予期しない出来事に対し、私の対処能力が機能しないという事は、27年間生きてきて嫌と言うほど感じている。
こういう場合、どう対処したらいいのだろうか?このまま受け入れるのか?
様々な考えが頭の中で巡っている。
その間にも江藤の顔が、睫毛が触れるほどの距離にまで詰まっていた。

「え、江藤、この場合は誰が私を守ってくれるのだ?」

うろたえながらも、やっとのことで言葉を探し出す。
肩にかけられた腕の力がふっと抜けた。

「………くくっ、先輩にしては、いい切り替えしっすね。やっぱ、かなわないや…」

少し残念そうに、少し楽しそうに、江藤は押さえ込んでいた私を解放した。
私は、すぐには起き上がれずにぼんやり部屋の照明を眺めていた。
隣に座り込んでいた江藤の手を借りて、やっと起き上がる。
いつも江藤は、真っ直ぐに私を見ていた。
今もその視線はそらされることは無い。

「今、オレが言った事。守るってことも、抱きしめたいってことも、全部オレの本心です。嘘は無いです。
 それだけは、信じてください。」

先程、私は江藤の言葉に強い霊力が秘められていると感じたばかりだ。
疑う余地は無い。
だが、これはすんなり受け入れてもいいことなのだろうか?…その…後者の言葉は…?
結局何も答えられずに、ただ黙って頷いた。

「でも、しばらく先輩に手が出せなくなっちゃいましたよ。ほんと、言葉の力ってすごいっすねぇ。もうジレンマですよ!」

それは私が苦し紛れに言った言葉に対してのものだろう。
髪をかきあげ、悔しそうに江藤が呟く。

「…ばか!からかうんじゃない!」

やっといつもの2人に戻れたような気がした。
もうそろそろ夜が明ける。
今日だけは、悪夢にうなされることなくゆっくりと眠れるだろう。
この、守人の言葉を信じて。



END



「カナテ」埴史「モリ」水支です。
一番好きなコンビだったりします。
埴史の「誰が守って〜」のあたりと、
水支の「抱きしめて〜」が書きたかった
だけなのに、こんなに長々と(苦笑)
見事にはずしてますし。
まぁ、てるたにはこれが限度ですね(汗)

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