給湯室小話 2



今日の給湯室。今は昼休み。
ここで昼食を取る者、一服する者等、いつもの昼休みの風景。
それを遮るように、外で昼食を取ってきた組が帰ってきた。

「ねぇ、ねぇ、今、下にすごいきれーな子がいたのよ!」

「そうそう、最初女の子かと思っちゃった。」

「あの制服って、聖カテリナ学院じゃない?」

それを聞きつけた女性社員がたちまち人だかりを作る。

「聖カテリナ学院っていったら、有名進学校じゃない。そこの生徒が、何の用事なの?」

それは、当然な疑問だった。
昼休みの商社の前と、中学生がどう繋がるのか。
社員の息子とかそのあたりだろうというのが、あらかたの予想だった。

「それでね、声かけてみたのよ!」

「それがまた、涼しげな声で…」

「天使のような笑顔で…」

その情景を思い出している彼女たちは、それはまた幸せそうで。

「『大月さんはいますか?』って…」

「−−−−!!」

給湯室に、動揺が走る。
あの、大月主任と、美少年!
弟はいないというのはとっくに調査済み!
じゃあ、その美少年は、彼とはどういう関係なのか!
TV画面にデカデカとテロップが映し出される光景が浮かぶ。

「それで、その子はどうしたの?大月主任は?」

それは誰もが知りたかった事だった。
報道とは最後まで正確に伝えなければ、その意味をなさない。
だが、彼女たちはその少年の笑顔に見送られ幸せな気持ちのまま、ここに来てしまったのだ。
詰めが甘いという言葉は、こういう時に使うのだろうか。
それとも少年の魔性に魅入られたか。
とにかく、後悔しても後の祭り。
背景にどんよりと縦じまが落ちる。
そろそろ、午後の就業時刻のチャイムが鳴る。



その頃の、大月氏。
彼女たちは、気付かなかったのだ。
自分達が給湯室へと幸せ気分のまま向う横を、大月がすれ違っていたことに。
受付から、来客との連絡を受けてロビーへと降りてくると、そこには制服姿のモデルのような少年が自分を待っていた。
大きなガラス張りのロビーにはさんさんと陽光が降り注ぎ、その中に浮かぶ少年の姿は彼女達ならずともこう形容してしまうだろう。

『天使』と…

その少年、伊佐知風は、大月の姿を確認すると、にこやかな笑顔を浮かべた。

「こんにちは、大月さん。お仕事中にスイマセン。」

その手には、大事そうに1冊の本が握られていた。

「この前、大月さんが探していた本って、これじゃないですか?僕、図書館でこれ見つけて思わず借りてきちゃいました。  すぐ届けなきゃって思って…でも、非常識ですよね。お仕事中にこんなことで呼び出すなんて…」

そう言って、笑顔を少し曇らせる。
こんな少年を責める事が出来る者は、果たしているであろうか!

「いや、そんなことはないよ。ありがとう、私が探していた本だよ。それにしても、よくわかったね。
 詳しく説明した訳でもないのに…」

大月の感謝の言葉に、知風は笑顔を戻した。
照れたように、かすかに頬を染めながら。

「僕、あれからネットで検索して…そういうの探すのうまいんですよ。本が好きだから。」

「そうか。わざわざ調べてくれたのか。それは、すまないことをしたな。」

大月が申し訳なさそうに声を落とす。
右手の中指でメガネを支えるような仕草は、そういう時のいつものクセだった。

「そんなことないですっ!僕はただ、大月さんの力になりたかっただけです!僕が勝手にしたことだから!」

懸命に訴える知風の姿に、思わず大月の顔がほころぶ。

「本当にありがとう、知風君。助かるよ。このお礼は、必ず。」

その大月の笑顔に、知風も笑顔で返す。

「はい。楽しみに待ってます。今度、必ずデートしてくださいね。

「…え?」

あっけに取られる大月を残して、知風は帰っていった。
ロビーにいた社員達が、幸せそうに知風の姿を見送っていた。

午後の就業を告げるチャイムが鳴る。
この日より、あの天使のような少年は、PRIMEWISE社の伝説となった。



END



第2話です。
何かシリーズ化しそうですね。
でも、てるたの書く知風君って…

給湯室小話 11011

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