遠い記憶



子供の頃から、いつも自分の周りに何かがうごめいている気配がしていた。
大きくなるにつれ、その気配は実体を現し始め、ざわりとした感触が体中を這いまわっていた。
それは自分が呼び寄せているものだと気付いたのは、従兄弟の火足が泣き出したあの日…。
オレが、火足を傷付けたあの日…。


多分、オレも火足も本家の血を深く受け継いでいる。
あまりありがたくない話だが。
あの日から、火足とは距離を取ってきた。
火足はもちろん、他の誰ともある程度の距離を保って生きてきた。
オレに近付き、それなりに波長のあってしまう人なら、そいつらは必ず現れる。
これ以上大事な人達を巻き込むわけにはいかない。
つかず離れずの人付き合い、愛想のいいお軽い水支君の出来上がりだ。

中高一環の学校に、親の薦めで入学した。
まぁ、親はオレの秘密を知っているわけで、そういう学校ならあまり他人に干渉される事は無いだろうという計らいらしいが。
その頃のオレは家に反発したいお年頃で、髪の毛なんて金髪に近かったし、結構目立つ存在になっていた。
あいつらはやりたい放題、俺の周りをうようよしてるし。
追っ払うのも、はっきり言って疲れていた。
もうどうでもいい、なんて人生捨て切っていた。

入学してから数日、生活指導強化週間とかで、毎朝校門には遅刻取締りの生徒会役員が待ち受けていた。
ただでさえ目立つのに、遅刻して取り締まわれてしまうのもおもしろくないから、それなり真面目にガッコに通う。
そんな時、ズラリと並んだ門番の中で、ひときわ際立った存在がいて、それが妙に気になった。
高等部生徒会長 大月埴史 その人だ。
高等部の制服が、やけに大人びて見えた。
実際、オレより年も精神もずっと大人なのだが。
そして何より、その人とすれ違う時の感覚…オレの周りの空気が浄化される感覚。
それまでうようよと沸いてくるようにまとわりついていたものが一瞬で消え去り、1日寄り付かない日さえあった。
この人は、気付いていない。
この人自身の発する気迫が、不浄のものを滅却している事に。
それは、このオレさえも消し去ってしまうように。



「その制服、似合いますね。」

おもむろに声をかけたオレに、その人は一瞬戸惑い、そして、笑顔を向けた。

「ありがとう。そう言ってもらえるとは光栄だな。」

その一言で、オレの中の曇りが晴れた気がした。
すでに、俺の周りにあやかしの存在は感じられない。

―あぁ、この人はなんて居心地がいいんだろう…―

それからのオレと言えば、足元にまとわりつくように、常にその人について回った。
同級生は、厳しそうで恐いというが、本当のその人は付きまとうオレに迷惑そうな顔は微塵も見せない。
誰に対しても、何か事があれば相談に乗ったりと、面倒見はかなりいい人とみた。
この人は、本当のオレを知っても、変わらずにいてくれるだろうか…。
誰にも知られるわけにはいかない、オレの忌まわしい秘密を知っても…。
いつしか、そんなことばかり考えていた。
その頃から、同じ夢をいつも見るようになった。
その夢の中で、オレは…。


「先輩には、何か内に秘めた大きな力を感じます。」

そう切り出したのは、オレ。
卒業を前に、このまま離れてしまうなら…と。
この人に、オレのすべてを知ってもらって、この人のすべてを知りたくて。
できればずっとこの人のそばにいたかっただけで…。
ただ、それだけで…なのに…。



そんな顔しないでください…そんな目で、オレを見ないで…。
体中が、精神の奥深くまで、粉々に切り刻まれていく。
こんなに焦がれた人の視線が、今のオレには凶器に映る。
やっぱり言うんじゃなかった。後悔しても、もう遅い。
それとも、これが…オレの望んでいた事は、これだったのかもしれない。
このまま、壊れてしまえばいい…オレの…存在…!



それからすぐ先輩は卒業して、大学へ行ってからは会う事もなかった。
オレはと言えば壊れる事も無く、だが、気の抜けたように淡々と生活していた。
中学高校と卒業し、この土地に深く根付く民俗学に興味を持ち、大学ではそれを専攻するようになった。
あまりに興味深いせいか、人よりも多く在籍する事になったが。
最近、変な幽霊騒ぎが起きているようだが、そんなことはどうでもよかった。
変わらないのは、同じ夢を見続けていることだけ。
そんな時、忘れた事は無い、憧れていた後姿を見かけた。
きちんと整えられた髪に、スーツをきっちり着こなして、縁無しのメガネをかけていた。
あの頃よりも、少しやせた感じがする。
声を掛けるのを、ためらわれた。
あの時の視線がよみがえり、体の震えが止まらない。
だがそれよりも、もう一度この人の声を聞きたい、あの笑顔を向けて欲しい。
その気持ちの方が強かった。

「大月先輩、お久し振りです。」

オレの声は、震えてないか?オレの瞳は怯えてないか?
オレは、いつものように、真っ直ぐに見つめる事が出来ているか?

「江藤…江藤か?」

驚いたように振り返り、そして、すぐにあの懐かしい笑顔を浮かべる。

「すっかり見違えてしまったな、卒業以来だから…」

あぁ、オレが欲しかったもの。
たった一つ、ただこれだけで、後は何も贅沢は言わない。
今まで見続けていた夢の意味が、ようやくわかった。


―何があっても、この人と共にいる永遠を、オレは守り抜きたい―

夢は、現実になる。
自分の『モリ』としての宿命だからとか、そんなんじゃない。
体に流れる忌まわしい血が、この人を守るための力に変わる。
それだけで、生き抜いていける。
あれほど欲し焦がれていた人が、今、オレの隣で静かに寝息をたてている。


「先輩…先輩がオレの存在の証…ずっと、そばにいてもいいすか…?」

そっと、寝顔に問い掛ける。
答えはいらない。
ただ、ここにいるだけで。


END



「言葉のちから」の水支Var’ですね。
なんだかとっても乙女な水支。
こんなの、水支じゃない!って、お叱り受けそう(^^;
それに、火足のエピソードも微妙に違うし…
そこは、まぁ、てるた解釈と言う事で…

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