今年のクリスマスも、まだ本命のいない娘達からキープのお誘いを受けたのだが、いつに無くのりの悪いオレにみんな呆れて離れていった。
乗り切れない訳、それは、ずっと心から離れる事は無かった、あの人の存在。
その大きさに気付いてしまったから。
ずっと、そばにいたいと思ってしまったから。
この気持ちを伝えたいのに、今までのオレが邪魔をしている。
「江藤、また彼女が変わったそうじゃないか。お前の情報には事欠かないからな。彼女達の気持ちも考えてみたらどうだ。」
一番大事な人に、こんな事言われるなんて!
あの時にオレが伝えた想いも、いつもの軽口ぐらいに思っているんだろうか。
こんなに、真剣なのに。こんなに、苦しいのに。
「先輩、今年のクリスマスは、どうするんですか?」
本当は、本気。でも口調はいつもみたいに軽く。
そう問い掛けるオレに、先輩は言った。
「年末で、仕事が追い込みだから一番忙しい時だろう。クリスマスどころではないな。空見に会う時間を作るのが精一杯だろうな。」
忙しいと言いながら、甥の話題を出す時の表情は、充分オレの嫉妬心をかきたてる。
小学生にまで嫉妬しているオレの心の狭さに、うんざりする。
その心と裏腹に、おどけてみせる表面上のオレ。
「本当に、叔父バカですよねぇ〜、先輩は。オレにもそのくらいしてくれたらいいのにぃ…」
「からかうな、江藤。お前こそ、忙しいんじゃないか?クリスマスは、彼女と過ごすのだろう?」
ちくん。ちくん。
先輩の言葉が小さな刺になって、心に刺さる。
そんなんじゃ、ないのに…
それなりに忙しい日々が過ぎ、巷はクリスマス気分で浮かれていたが、オレにはそんなこと関係無い。
誰かと過ごす予定も無く、ぼんやりと車を走らせていた。
窓の外を流れるイルミネーションが、イヤミなほどまぶしく輝いている。
そのまぶしさを避けるように、気が付けば見覚えのあるマンションの前まで来ていた。
「ここって…」
見上げる先、想い人の部屋。その窓から漏れる明かりは無い。
駐車場にもあの人の車は無い。
まだ、仕事中か。それとも、最愛の甥と一緒なのか。
どちらにしろ、オレの入る隙間は無いらしい。
「あ〜ぁ、サンタクロースって、ホントにいないのかねぇ…」
車から空を見上げて、想いを声に出してみる。
いたら、何をお願いする?
それはもちろん、大切なあの人に会えるように。
今までの愚行を悔い改めるから、この想い、どうか…。
周囲はクリスマスだと騒いでいるが、自分には縁の無いものだと思っていた。
会社の仲間から誘われたが、終わらせたい仕事も残っていたし、大勢で騒ぐ気分にもならなかった。
これだから、堅物だと言われてしまうのだろう。
そんな風に自分を分析している事に気付いて、思わず苦笑いする。
この調子で片付ければ、空見が寝る前に一目でも会えるだろう、と、残った仕事に手をつける。
明日は今年最後の有給で、一日ゆっくりできるはず。
クリスマスに有給を使うことで、周りは変に勘ぐっているが、その日だけ打合せや会議が入ってなかっただけのこと。
ハタレの一件でかなり有給を使ったが、最後に残った日がこの日とは皮肉だな、と思った。
しんと静まり返ったフロアには、パソコンの機動音だけが響いている。
一通りかたが付いた所で、ふと、先日の水支の言葉を思い出した。
「今年のクリスマスは、どうするんですか?」
いつもの軽い口調で、いつもの軽い挨拶みたいに。
仕事があったのも、空見に会う時間を割かなければならないのも、本当のことだった。
それだけ言えばいいはずだったのに、何故、あんな余計な事を言ってしまったのか?
「彼女と過ごすのだろう」と…
そんなこと、当たり前じゃないのか?
クリスマスといえば、今では恋人同士で過ごすのが当然な時代。
水支ほどのオトコが一人でいるなどありえない。
あの言葉は、自分自身に言い聞かせた言葉なのでは……何を考えているんだ、私は!
別に言い聞かせる事など、ないだろう!
変な考えを振り払うように、2、3度軽く頭を振ってから、デスクに積み上げられた書類の束をカバンに詰め込み、空見のもとへと
向うため、会社を後にした。
「埴兄ちゃん、ありがとう!ボク、これ欲しかったんだぁ!」
「埴史、空見をあまり甘やかさないでね。空見もそんなにおねだりしちゃ、だめでしょう。」
少し遅くなってしまったが、空見は寝ないで待っていた。
プレゼントか、自分かはわからないが、待っている人がいるのは、暖かいと思う。
空見の屈託の無い笑顔を見ていると、心が休まる。
「埴兄ちゃん、今日はお泊りしていくでしょう?ボク、久し振りに一緒に寝たいよぅ。」
空見は隣に座り込み、腕にしがみ付いて上目遣いに私を見上げる。
素直に甘える空見を見ていると、急に中学生の頃の水支の姿がダブった。
「空見、あなたは明日学校でしょう?あまり無理を言ってはだめよ。」
「だって〜、埴兄ちゃん、明日お休みなんでしょう?ボクもお休みするよ!」
「何、バカな事言ってるの!あなたも少し言ってくださいよ。」
「はははっ、空見、今日は諦めなさい。これ以上、お母さんを怒らせちゃダメだぞ。」
ぷぅ〜っとふくれる空見を挟んで、姉夫婦が微笑みあう。
ほほえましい光景だった。
姉は、昔から感のいい人だった。
いつも心を見透かされているような気がした。
私以上に、私の感情を判っている人だった。
「早く帰って、ゆっくりお休みなさい。したいことが、あるのでしょう。」
姉のその一言で、帰らなければならないと思った。
何をすべきかはまだわかってはいないのだが。
帰り際、引き止めるのを諦めた空見が、白いケーキの箱を持ってきた。
「埴兄ちゃん、一人ぼっちじゃ寂しいでしょ?これ、ボクだと思って、いっしょに食べてね。」
開けてみれば、クリスマスケーキにサンタクロースの砂糖菓子が乗っている。
空見は、それがボク、とサンタを指差し、ちゃんとダイニングで向かい合って食べてね。と念を押した。
名残惜しそうに見送る空見にお休みを言って、マンションに向け車を走らせた。
来客用の駐車スペースに、見たことのある車が止まっていた。
派手な黄色のワーゲン。
車を止めて、その中をのぞいて見ると、ドライバーの姿は無い。
どうやら、人違いらしい。
「こんな所に、いるはず無い…か。」
もしや、と思った自分がバカらしかった。
きっと今頃は、恋人と一緒にいるは…ず……。
マンションの入り口、階段に座り込んでいる人影。
「何を…しているんだ……こんなところで…」
それに気付き顔を上げる、何故か気にかかる後輩。
「先…輩…」
どれだけそうしていたのだろう。
白い息を吐き、体温を奪われた顔色は透けるようだった。
「取りあえず、中に入れ!そのままだと風邪をひくぞ!」
水支は黙って頷き、後ろから付いてきた。
エレベーターを降り部屋に向う途中、家族の笑い声が微かに聞こえてきた。
部屋の中は1日中人気が無かったためひんやりとしていたが、エアコンを入れると程なく温まってきた。
冷え切った上着を脱ぎ、先輩から渡されたタオルケットに包まっていると、だんだん体温が戻ってくる感じがわかる。
先輩は、何か暖かいものを、と言って、コーヒーを煎れにキッチンへ入っていった。
お湯を沸かす間、カップにドリップ式のインスタントコーヒーを用意している先輩の後姿を見ていると、自然と体が動いていた。
タオルケットが音も無く床に落ちる。
近付くオレの気配に気が付いたのか。
振り返ろうとするより先に、後ろから強く抱きしめた。
「江藤!放さないか!」
振りほどこうともがくほど、抱きしめる力を強めた。
「ヤです。放しません。今放したら、またはぐらかされちゃうじゃないですか。」
先輩の整髪料の香りが、漂ってくる。
今のオレにとって、最高に至福の時。
「この間も、今も、オレの想いは変わらない。オレは、先輩と一緒にいたい。」
「…からかわないでくれ…江藤…。お前は、『モリ』という役目に縛られているだけだ。もう、開放されてもいいんだ。」
…ずっと、下を向いたまま、先輩は静かにそう言った。
オレのこの想いは、前世による思い違いだと。
「先輩…今日は、聖夜です。いつもの言葉は、冗談だと思ってくれて構わない。でも、今日は…今日だけは、冗談なんか言わない。
この聖なる夜に、嘘なんかつかない。」
先輩の体から、力が抜けるのを感じた。
このままもうしばらく、先輩の事を抱きしめていたかった。
Pi―――――――
コンロにかけていたケトルが、お湯が沸いたことを告げている。
その口からは、勢い良く湯気が立ち上っていた。
それを合図に何となく気まずくなり、抱きしめる腕を解いた。
先輩はそのままコーヒーを煎れ、早く来い、と言いながら何事も無かったようにリビングに戻っていった。
ただ、すれ違いざまに覗き見た先輩の顔は、幾分紅潮して見えた。
急がなくてもいい。
少しづつ、オレの想いを先輩に伝えられれば。
窓の外は、はらはらと降りてくる小さな雪が、うっすらと一面を白く覆っていく。
静かに、静かに、誰の想いも受け止めて。
END
クリスマスです。
ちょっと、無理がありますね。
マンションの前の階段に座り込む水支って…
でも、この前から少し進展!
相変わらず、はずしてますが。
この後の話と、番外編もあったりしますが、
見てくれる人いるのかな?
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番外編「空見君、がんばる!」へ
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