外勤から帰社した営業部の佐和子は、ビルを見上げてたたずむ少年を見つけた。
「ねぇ、こんな所でなにをしてるの?」
声を掛けてみると、大きな瞳をクリクリッとさせて、飛び切りの笑顔を見せる。
「ここにね、ボクの叔父さんがお勤めしてるんだ。だから、どんなところなのかな?って思って。」
こんなかわいらしい子の叔父さんって、どんな人なんだろう?
それが凄く気になったので、思い切って聞いてみた。
「君の叔父さんって、なんていう人?」
すると、さっきよりも数段飛びぬけた笑顔でその人物の名を告げた。
「ボクの叔父さんね、『大月埴史』っていうんだ!」
「おおつきしゅにん!!!」
ちょうど3時の休憩の頃、その少年は給湯室で大勢の女性社員に囲まれていた。
「君のお名前は?」
「鮎川空見っていいます。」
「いくつ?」
「10歳です。」
「叔父さんのお勤め先を見に来るなんて、偉いわね。」
「そんなことないです。それよりも、お仕事の邪魔しちゃうんじゃないかって心配です。」
「大丈夫よ、主任も今日は外回りから直帰だから。そんなことまで気を使うなんて、本当えらいわぁ。」
「ありがとうございます!優しくしてもらって、ボク、嬉しいです!」
空見の笑顔に、女性社員達も思わず微笑んでいた。
伝説の少年もしかり、大月の周りには、なんて麗しい少年達がいるのだろう。
「そっかぁ、埴兄ちゃんは今日お仕事でいないんですね。」
ピクッ!その、空見の言葉に、全員が反応した。
「埴兄ちゃん…」
そして、全員が思った。
「呼んでみたい―――!!!」
そこへ、総務のゆかりが飛び込んできた。
「ニュースよぉ!大ニュース〜!」
一斉に振り向く空見と女性社員達。
この、大ニュースというのは、ほぼ毎日聞かされるのだが、大抵はそれほどの事でもない。
しかし、今日の話題はかなりのネタのようだ。
「今日は、どんなネタなの?」
「今、休暇簿の確認してたんだけど、25日に有給取ってるのよ!」
動揺しているせいか、その人物が誰なのかがわからない。
「25日に有給なんて、毎年誰かかれか取ってるじゃない。」
「驚くようなことでもないでしょ?」
口々に呆れたように呟いている。
25日に休暇を取るという事は、前日から誰かと一緒に過ごすという事だろうと、容易に想像はつく。
世間はもうクリスマス一色で、予定を取り付けるのに懸命だ。
有給を取れるというのはもう予約済みということで、その時点ですでに興味は無くなっているのだ。
「それが、大月主任でも?」
和やかだった空見と女性社員達の目付きが一瞬で変わった。
「埴兄ちゃんが―――!!!」
「大月主任が―――!!!」
全員が同時に叫んだのは、言うまでもない。
暖房が効いているはずの給湯室に、すきま風が吹いた。
空見の瞳が、何かを見通しているかのように輝いたのを、誰も気付くことはなかった。
その頃の大月氏、クライアントとの打ち合わせも終了し、一休みしてから次の取引先へ行こうかと考えている頃だった。
自分が出した休暇願いが、どれだけの衝撃を与えているかなどわかるはずも無い。
しかも、最愛の甥・空見までがそれに加わっているなんて、想像もつかないだろう。
事あるごとに話題になる男、大月埴史。
罪作りな男である。
END
第3話ですね。
すっかりシリーズ化してます。
今回、空見君編です。
最近はちょっと空見君づいてるてるたです。
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