給湯室小話 4



本日、PRIMEWISE社 仕事始めの日。
少し長い正月休みを終えた社員達が久し振りに出社し、それぞれ新年の挨拶に勤しんでいる。
受付嬢も、いつもの制服ではなく、晴れやかな着物を着飾り、年始回りの来客に笑顔で対応している。
今年もまた、忙しい日々が今日から始まるのだ。


各フロアでは、あちこちで休み中の話題に花が咲いていた。
ひときわ盛り上がっていたのが、給湯室にいた女性社員達だろう。
どこへ旅行に行っただの、彼氏とどうしただのと、女性特有のおしゃべりで持ちきりだった。
そこへ、開発部の恵子がのんびりと加わってきた。

「おはようございま〜す。あ、今年もよろしくおねがいします。」

ぺこり、と頭を下げると、まわりの社員達もつられてぺコリ。

「あの〜、聞いてくださいっ!私、新年早々、すごくついてるかもっ!」

続きを聞いてくれと言うような満面の笑顔に、少々呆れながらも期待どうりに聞いてみる。

「一体、なにがあったの?」

お約束で聞いてみたのだが、待ってましたとばかりに拳を握り締め、

「私、2日の日に会ってしまいましたっ!お・お・つ・き・しゅ・に・ん・と!

強調するように、1字1字区切って話す。
ざわざわと周りが騒ぎ始め、恵子を囲んで人垣が出来た。

「どこにいたの?」
「まさか、2人で会ったの?」
「なんですって!ぬけがけ!!許せな〜い!!!」

様々な質問を浴びせかけられ、そのたび、

「え〜っと、ファーストフード店でぇ。」
「うぅ〜ん、私は友達とぉ。」
「え〜、ぬけがけなんてしてないですよぉ。」

と、のらりくらりとかわしていく。
取りあえず、2人で会ったわけではないということなので、殺気立っていた空気も幾らかは和んでいた。

「でもぉ、大月主任は、2人でしたよ。」

その言葉で、修まりかけていた空気にまた、不穏なオーラが漂いだした。

「大月主任は、誰といたのよ!」
「まさか、あの居酒屋の女?!」
「でも、なんでファーストフード?」

以前、大月と居酒屋にいたという女の話は、最近は聞かれなかった。
この前、遊びに来た甥っ子に探りを入れてみたが(!)飲み仲間ということで別に親密な関係では無いようだ。
それとも、まだ知らない女が存在するのだろうか?
不安が過ぎる中、その答えはあっけなく出てきた。

「あのぉ、体育会系の美少年と!」

また新しい少年の存在が浮上してきた。
いったい、大月の近辺には何人のきれいどころが揃っているのだろうか?
新年早々、話題の種は尽きる事は無いPRIMEWISE社給湯室だった。


少し日はさかのぼり、1月2日。この日の大月埴史氏。
大晦日から元旦にかけて空見の家ですごし、義兄と少々飲みすぎてしまった…など考えながら気分転換をかねて初詣に出かけたのだった。
早朝の空気は清清しく、大きく深呼吸すると体の中を新鮮な空気がいきわたる感じがする。
まだ時間も早いので参拝者はまばらだったが、あまり人ごみは得意でない大月にとっては都合が良かった。
今年の祈願成就を願い、参拝を済ませて境内を歩いていると、長い弓を背負った青年の後姿を見つけた。
大月は、その後姿に思わず声を掛けていた。

「宇津木君…宇津木君じゃないかい?」

その青年は驚いたように振り返り、声の主に恐る恐る問い掛けた。

「あの…大月さんだ…ですよね。水支の先輩の…」
「あぁ、そうだよ。覚えていてくれたんだね。もう、前に会ってから結構経つのに。」

顔と名前の一致を確認して、青年、宇津木火足は威嚇するような視線を和らげた。
水支から、年上に対しては構える所があると聞いていたので、そんな視線も気にならなかった。
むしろ、その射抜くような視線が彼には似合っているとさえ思われた。
その後の笑顔ももちろん彼の人柄を表しているのだが。

「背負っているのは、弓かい?今日はこんな時間からどうして?」

大月の問いに、火足は自分の背に掛けられた弓をちらと見てから、

「あ、これから射初めなんだ…ですけど、道場に行く前にちょっと参っておこうかって…デス…」

最後の『デス』は、付け足したように、敬語を使おうと言葉を選びながら話す彼がなんだか不憫に思えた。

「無理に敬語を使うことはないよ。普段の話し方で構わないから。それより、これから道場なんだね。
 初稽古か…なんだか懐かしいな。私も剣道をしていた頃は、年明けからすぐ道場通いだったよ。」
「あの、大月さん。道場行く前にちょっと腹ごしらえしようかと思ってたんだけど、一緒にどうですか?
 その…いつものファーストフードなんですけど…」

遠慮がちに誘う火足に、起きてから何も口にしてないことを思い出して、快く承諾した。
行った先は、火足が良く行くファーストフード店。
テーブルの上には、ハンバーガーのセットが置かれている。
そして席についているのは、背筋をピンと張り静かに向き合う2人。
およそ、この店にはそぐわないタイプの2人で、外から見ればそこだけ合成されたような妙な違和感。
だが、2人が浮いているというよりも、景色が浮いているように見えるのは、ただの錯覚か?



「スイマセン、大月さんならもっとちゃんとしたとこの方がいいだろうけど…この時間だし、
 その…ここなら俺でも出せますから…あ、ここ、俺がおごるんで…あぁ…」

しどろもどろになりつつ、最後は何を言いたいのかさえわからなくなり、恐縮しうろたえる火足。
そんな様子を微笑ましく見ている大月。
周りから見ると、この2人はどういう風に見えるのだろうか?

「そんなこと、気にすることは無いよ。私は給料取りだからね。支払いは私がしよう。好きなだけ頼むといい。
 学生の頃は結構隠れて食べに来たものだよ。懐かしいな…こんなこと懐かしむなんて、私も年かな?」

大月は、自分が言った言葉に苦笑いする。
こんな事を火足に言ってもしょうがないのに。

「そんなことねーよ!大月さんはまだまだ若いし、そんなオヤジじゃねー…ないです…」

火足は、思わず声を上げてしまったことに気付き、最後は消え入るような小さな声で大月の言葉を否定した。
店内を見回せば、客は離れた席にまばらで火足の声に気付いた様子も無く、ひとまずは安心した。

「そう言ってもらえて、光栄だな。」

大月は、照れたように言った。
それを聞いて、火足も安堵の表情を浮かべる。

「大月さんは、充分カッコいいよ…」
「?」

その火足の言葉は、大月にはよく聞き取れなかったが。






END



第4話です。
満を持して(?)の火足君登場です。
あまりおしゃべりじゃない火足君を
どうしようかと思ってましたが、
その割にはたくさんしゃべってくれました。
よしよし。

給湯室小話 11011

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