給湯室小話 5



あと数ヶ月で入社1年。
仕事もそこそこ慣れてきた頃。
時は1月下旬。
そんなあかねのところへ、同期入社のななみが1枚の回覧を持ってやってきた。

「ねぇ、あかね、聞いてる?この回覧…」

そう言いながら差し出された回覧の見出しは、

『バレンタインに大月主任とチョコを食べよう会』

顔を見合せ、なんだろう?と疑問符を並べ続ける2人に、先輩社員のまどかがパーテーションから顔を覗かせた。

「バレンタインには、毎年恒例なのよ。」
「大月主任と、チョコを食べるのが、ですか?」
「そ、私も1年目の時に回覧まわってきたもの。」



事の起こりは、大月氏入社1年目のバレンタインディ。
入社当初からかなりの女性社員の注目を浴びていただけあって、当然バレンタインのチョコの数は同期の中で群を抜いていた。
山と積み上げられたチョコを前に、深々と溜息をつく新入社員・大月君。
甘いものは嫌いではないが、得意でもない。
食べるにも限度がある。
たとえ義理とはいえ、返してしまうとか、誰かにあげるとか、そういうことは義理を欠いてしまうのではと、大月くんは大いに悩んだ。
綺麗にリボンを掛けてラッピングを施してあるのに、誰がどう見ても義理だとは到底思えないのだが、大月くんは悩んでいた。
あからさまに義理とわかるチョコを手にする同期から見れば、贅沢すぎる悩みなのだが。
悩みに悩んだ末、大月くんの出した結論。

「私一人では食べきれないので、一緒に食べてもらえないだろうか?」

無下に返すわけでもなく、誰かにあげるわけでもなく、相手の気持ちもきちんと受け止めて。
まずは、身近にいた同じ課の久美のチョコから。
いきなりの申し出にパニくりながら、目の前の大月くんに見惚れつつ、大きく首を縦に振ることしかできない。

「じゃ、ここではなんですから給湯室へ。コーヒーでも煎れましょう。」

自分の出した結論は間違いではないだろうかと内心後悔していた大月くんだが、動き出してしまったものはしょうがない。
とりあえず、義理を欠くようなことをしてはいけないと、大月くんなりの道理だったのだ。
その様子を目撃してしまった、数名の女性社員。

「2人で給湯室に行ったって!」
「どういうこと!」
「え〜!久美と付き合っちゃうの!」

噂が噂を呼び、給湯室の入り口付近には不安げに様子をのぞき見る女性社員の人垣が出来ていた。


久美のチョコを半分づつ食べきり、深々と頭を下げて「ありがとう」と言う大月くんにつられて久美も「ありがとうございます」と 頭を下げる。
その光景は、傍から見れば手合いを終えた剣士のように。
そして、久美を先に促して給湯室を出ようとした大月くんの視界に、チョコをくれた女性社員たちの姿が飛び込んできた。
彼女達の視線には不安の色がありありと見て取れた。
大月くんはそんな視線も気にせず、むしろ安堵の笑みを浮かべながら彼女達を見渡した。

「あぁ、丁度良かった。皆さんにもお願いしようと思っていたのですが、
 私と一緒に食べてもらえないだろうか?

その申し出を断る者は誰もいないだろう。
なにより、一緒に食べようというその言葉の響きが、なぜか甘美な誘惑にも聞こえ…。
一人ずつ大月くんと向かい合わせに座り、自分が買ってきたとはいえ同じチョコを一緒に食べているという夢のような現実。
チョコを渡した全員と半分づつ食べたということで、少なくともこの社内には特定の彼女はいないと推測できたし。
なにかごまかされたような気もしないではないが、こうしてバレンタインの儀式は滞り無く終了したのだった。
それからひと月ほど大月くんの胸焼けは治まらず、チョコを見ると具合が悪くなったのは言うまでもない。



「そんなことがあったんですか〜。」

あかねとななみは再度回覧に目を通した。


『今年もバレンタインの季節がやってきました!
PRIMEWISE社恒例の大月主任とチョコを食べよう会を企画いたします。
今年のバレンタインは土曜日にあたりますので、前日の金曜日に実施します。
参加要項は、以下の通り。
1.大月主任にチョコを送りたい女子社員に限る。
2.チョコの予算は、1000円程度で。(主任が気を使います)
3.あまり数が多くないものを。(主任が食べ切れません)
4.甘さは控えめで。(主任は甘いものは得意じゃありません)
5.手作り不可。(全員公平に)
6.お返しは期待しない。(主任と一緒に食べるだけで幸せと思いましょう)
7.最重要項目!ぬけがけ厳禁!!
(見つけ次第、2年間権利剥奪します!)
以上の事を守ってもらえれば、誰でも参加OKです!
みんなで大月主任と一緒にチョコをたべましょう!!』



END



第5話です。
バレンタインの時期ですね。
なんか、てるたの書く大月氏が
だんだん変な方向に向っている
ような気がしてきました(^^;
それにしても、ここの社員仕事してるのか?

給湯室小話 11011

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