桜もほころび、まわりは春の到来に浮き足立っている。
そんな声に反するように、何をするでもなく研究室に入り浸っている青年。
整った顔だちに、映えるような金色の髪。
そんな派手な外見に似合わず伏目がちな視線に、憂鬱な表情。
江藤水支は、最近考えこむ事が多かった。
「おいおい…そんな暗〜い顔で入り浸ってられると、オレ様まで憂鬱になってくるんだがなぁ。どうにかならんか。」
そんな水支に些か呆れたように、この部屋の主は言い放つ。
だが、彼は「すんません…」と呟くだけで、相変わらず自分の想いの中に囚われている。
いつに無く深い水支の落ち込みように、彼女は大きな溜息をついた。
「…大月氏と…なにがあった?」
いきなり核心をついてきた彼女の言葉に、水支は動揺を隠し切れなかった。
思わず顔を上げて、彼女を見つめ返す。
彼女から向けられた視線には、やっぱり…とでも言いたげな感情が込められていた。
そこで初めて、カマを掛けられた事に気がついた。
「お前らしくも無い…何があったかは聞くつもりも無いが、後悔しないで突っ走るのはお前の信条じゃなかったのか?」
何かと付き合いの長くなってしまった、しかも自分達の不可思議な現象に少なからず関わっていた彼女には、何か感じるものが
あるのだろう。
適当に束ねられた髪を下ろし、緩くウェーブのかかった長い髪を軽くゆらすと、白衣とはアンバランスな妖艶な女性が姿を現す。
「江藤、ちょっと早いが、これから飲みにでも行くか?お前に話したいこともあるしな。」
水支には特に断る理由も無く、このまま華やいだ街に一人で繰り出す気にもなれないこともあり、その申し出を受け入れた。
アルコールを口にするにはまだ時間が早すぎるため、連れ出された居酒屋は客もまばらだった。
一番奥の席に通され向かい合わせに席につき、飲物と適当に料理を頼んで、ようやく人心地つく。
そこで早速、彼女が話を切り出した。
「実は、さっきの続きだがな…最近、大月氏とは会っているのか?」
煙草に火をつけると、ゆっくりと味わうようにそれを吸い込む。
慣れた手つきで灰になった部分をふるい落とすと、煙がゆらゆらと揺らいだ。
水支には、答えられなかった。
「…鮎川が…最近寂しそうでな……こまっしゃくれてはいるが、あれはまだ子供だ…。
大事な人の関心が自分からそらされるのを、敏感に感じ取る。
まぁ、そこでわめき散らしたりしないのが、あいつが子供らしくないところだがな。」
そう言って、運ばれた料理に手をつける。
水支はそれに箸をのばす事が出来ずにいた。
空見くん…先輩の一番大事な甥っ子。
最近、先輩は仕事が忙しく……自分が側に居ることもあって…なかなか空見くんと会ってやれないとこぼしていた。
もちろん、自分のことは口には出さないが、それも原因の一つだろう。
空見くんは、先輩に会えない事をどう思っているのだろうか。
ずっと、ガマンしているのか…あの小さな体で?
自分は空見くんから、先輩を引き離してしまうのか?
自分が望んでいるものは、先輩も空見くんも困らせてしまうのか?
それを思うと、自分がどうしようもなく嫌な人間に思えてくる。
「なぁ、江藤…。人間、誰しも何かを独占したいという事はあるだろう。
だけどな、それは何かしらの痛みと引き換えにして与えられるものだとは思わないか?
例えば、自己犠牲だったり……誰かを犠牲にしたりする事で成り立っていたり…。
無傷で何もかも与えられるなんて…そんな虫のいい話があるはずないだろう。
だからこそ、与えられたそれはかけがえの無いものになるはずだ。自己犠牲なら、与えられたことによって癒される。
……誰かを傷つけてまで、手に入れたものなら…大切にしろ。その誰かが、納得できるくらい…大切にだ。
手に入れて、ないがしろにして、その傷口をさらに抉り出すような…そんな最低なことはするなよ。」
彼女はそう言って、ジョッキを傾け、煙草を大きくふかす。
そして、水支にもジョッキを空けるよう勧める。
そんなオヤジな彼女の言葉が、今の水支にはありがたかった。
自分は、空見くんを傷つけてしまうだろう…。
だからといって、先輩のことを諦めたくはない。
大切に……空見くんが認めてくれるぐらい、大切に、想う。
「センセ…なんか、本当に先生みたいっすね。…ありがとうございます。」
「やっと、お前らしい顔つきになったじゃないか。今日の講義は高くつくぞ。
出世払いにしておいてやるから、あまり待たすなよな。それとも…そんなにオレ様の隣にいたいか?」
「あははぁ…遠慮しときます〜。」
少しだけ、吹っ切れたような気がした。
それが、顔に出たのだろう。
彼女が満足そうに笑う。
「ところで……お前達、どこまでいってんだ?」
思わず吹き出しそうになるのを、辛うじておし止めた。
彼女は、もう数杯のアルコールを空にしている。
それでもまだ、余裕の表情を見せていた。
酔っ払いの戯言ではなく、確信を持っている。
「な…何を言ってんですか!」
そのうろたえるさまが墓穴を掘っていることに、水支は気付いていない。
「お前がどん底まで落ちるったら、なにかやらかしたってことだろう…。どうでもいいが…図星だったのか?」
何もかも知っているような素振りで、実は探りを入れている。
意地の悪い笑みを浮かべる彼女の表情に、水支はかなわないと思った。
「もう、勘弁して下さいよぉ…。」
水支は苦笑しつつ、それだけ言うのが精一杯だった。
彼女にしてみれば、せっかく隣に侍らせて連れて歩けるいい男を取られてしまったという思いから、ちょっと嫌味を言ってみた
つもりだったのだが。
少し困ったような顔をしている教え子を、これだけからかえば充分か。
そして、ふと思いつく。
何も、連れて歩くのは一人じゃなくてもいいんじゃないのか?
―両手にいい男を侍らすのも、悪くは無い…。―
END
助教授です。好きです、この人。
でも、私が書くと、どうしてもただのオヤジにしかならない…
もっと、素敵な女性のはずなのに。
相変わらず、水支が落ちてます。
悩みすぎ…ですねぇ。
もっと、前向いてかなきゃ(^_^;)
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