給湯室小話 7



年度も変わり、また新たな顔ぶれも増えて活気付いてきた社内。
そんな社内でも、給湯室の騒々しさは相変わらずで。
今日も女性社員達が数人集まっては、世間話に華を咲かせている。
はたして、仕事は成り立っているのか?という疑問は当然のことだが、この自由な社風がかえって彼女たちの仕事の効率を あげているのも事実だった。

そこへ、経理課の詩織が顔を覗かせた。
経理課の事務所は一つ下のフロアにあるのだが、経費や旅費の関係で各フロアとはよく行き来している。
詩織は給湯室で、マーケティング企画部にいる同期の香乃の姿を見つけて声を掛けた。

「ねえ、香乃。今日、大月主任は外勤?」
「あ、詩織。うん、確か今日はクライアントに会うって行ってたから…。それがどうかした?」
「じゃあ、やっぱり…。さっき見かけたのは大月主任だったんだ…。」

その言葉に咄嗟に反応する女性社員。
それも、もう恒例になっている。

「今日の大月主任は、ひとり?」
「また、誰かと一緒だったりするわけ?」

あっというまに取り囲まれ、その答えに期待を膨らませている。
そして、それが裏切られる事はなかった。

「さっき、銀行まで行ってたんだけど、その帰りに大月主任に似てる人が学生服の高校生と一緒に歩いてたのを
 見かけたから…。」

「「きゃ〜〜っ、やっぱり〜〜っ!」」


クライアントとの打ち合わせも滞り無く済み、予定よりも時間に余裕が出来たため、大月は空見にねだられていた進学祝の下見に 街まで出てきていた。

「大月さん。」

振り返ると、学生服姿の青年が笑顔を浮かべて立っている。

「やあ、宇津木君。学校帰りかい?」
「あの…火足でいい…です。何か…くすぐってえ…たいから。
 えと、これから道場に行く前に飯食って…食べて行こうと思って…。大月さんは?」

相変わらず、言葉を選びつつ頭を掻きながら話す火足の姿に、大月は好感を持っていた。

「私も丁度、一休みしようとしていたところでね。もし良かったら、一緒しても構わないかい?」
「俺は、別に…構わねえ…です。」

照れくさそうな笑顔の火足につられて、大月の表情も思わず笑顔になっていた。

いつも行くというファーストフード店に入り、席に着くなりハンバーガーにかぶりつく火足を、大月は微笑ましく眺めていた。
その視線に気付いたのか、手を止めて「すんません、つい…。」と俯いて呟く火足。

「気にしないで、食べていていいよ。それとも、私が一緒では、落ち着いて食べられないのかな?」

この前も確か火足は体を強張らせていたのでは…と思い出し、苦笑いする。
どうも自分は、彼を緊張させてしまうらしい。

「そんなこと…!あの、さっき声掛けたのは…その、話したい事もあったんで…
 なのに、食うのに夢中になっちまって…。」
「私に、かい?何かな。」

火足はコーラを一口飲み、ふぅ、と大きく息をついた。

「この前、ちーが…知風って、幼馴染なんだけど…大月さんの会社まで行ったみたいで…。」
「あぁ、知風君だね。空見が仲良くしてもらっているみたいで。でも、それがどうかしたのかい?」
「あの日…本当は俺と約束してたんだけど、俺…急に用事ができて、ちーに寂しい思いさせちまったかなって…。
 でも、大月さんが会ってくれたっていうから…。ちーも、満足そうだったし。その…ありがとうございます。」

余程、幼馴染を大切に思っているだろうことは、この彼の言葉からも見て取れた。
知風は幼い頃から病弱だったこともあり、火足は兄のように接していたに違いない。

「別に、私は知風君に何かしてあげた訳ではないよ。火足君が気にすることはない。知風君だって、気にはしてないさ。」
「いや…それでも、俺…大月さんに、これだけは言わなきゃって…。」
「そうか…。君は、優しいね。」

そう言うと、火足はまた俯いて「そんなこと…。」と、頬を染める。
従兄弟である水支にも、こんな可愛気がもう少しあれば…などと、少し考えてしまう大月氏。

「…ちょっと…ちーのこと、羨ましい…かな。」

小さく囁かれた言葉は、火足の心の中にそっとしまわれた。



END


<2004/5/9>

第7話、火足編です。
かなり、控えめになってます、火足君。
照れ屋さんで、素直に甘えられない。
もっと、直進タイプのはずなんだけどね。
大月氏には、結構お気に入りだったりします。
引き合いに出される水支が…(^_^;)

給湯室小話 11011

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