梅雨の季節が近付き、湿り気を帯びた空気が漂う6月のある日。
研究室へ向かうために、構内を歩いていた水支の携帯がポケットで震えた。
着信音は、他の誰とも間違えないように登録していた特別なメロディ。
急いで携帯を開き、相手も確かめずに声を掛ける。

「どうしたんですか?先輩。」
「…よく私だとわかったな…まぁ、いい。次の週末は、何か予定はあるか?無かったら、旅行に付き合わないか?」
「へ……?」

旅行って…もしかして泊まりですか?
2人でですか?
それって、それって……!
意外な人からの週末2泊3日の旅行のお誘いに、戸惑いながらも大きな期待で胸がいっぱいだった。

遊園地に行こう



旅行当日、小躍りしそうな気持ちをどうにか押さえて、約束の時間に大月のマンションに着いた。
マンションの前には初めて見るミニバンが止まっていて、その隣に荷物を積み込む大月の姿が見えた。
声を掛けようと近付くと、大月と誰かの話し声が聞こえてきた。

「―――――な物まで持っていくのか?」
「だって―――大事な……。」

気配を感じたのか、大月が振り返る。
その傍らから、小さな影が飛び出した。

「来たか、江藤。」
「……こんにちは、江藤さん。」
「あ……こんにちは…って、あの……?」

小さな影は、大月の大事な甥の、鮎川空見。
どういうことか頭の中で整理がつかない水支の顔を見上げて、空見は上目遣いに言った。

「残念ですね、埴兄ちゃんと2人キリじゃなくて。おあいにくさまでした。」
「はぁ〜〜〜?」

いきなり挑戦状を叩きつけられた気分の水支だったが、大月の手前グッとガマンする。
そんな2人の様子に気付いているのか、大月が今回の旅行の主旨を話し出した。

「今回は、誕生祝いに遊園地に行きたいと空見にせがまれてな。
 近くにうちの社の保養地があるんだが、そこの貸し別荘が丁度空いているらしいから、ゆっくりしようと思ったのだ。
 それなら、2人よりも多い方がいいしな。」
「そういう訳だから、嫌だったら別に行かなくてもいいですよ!僕は構いませんから!」
「ムッ!」
「……あの、ごめんなさい。遅くなっちゃって……。」

頃合を見計らったように現われたのは、空見のメル友で水支の元教え子の、伊佐知風。
穏やかな笑顔を浮かべてそこに立つ姿に、梅雨空もどこかへ散ってしまうようだった。

「今日は、誘ってくれてありがとう。本当は火足ちゃんも誘ったんだけど、どうしても部活で抜けられないって。
 すごく行きたがってたんだけど…。」
「それは、残念だったね。また、次の機会に一緒に行くとしようか。」

知風の到着でその場はどうにか和んだが、この先どうなる事かと不安がよぎる水支だった。


大月が、午前中どうしても外せない仕事を抱えていたので、出発は夕方近くなってしまった。
そのため、PRIMEWISE社の保養地のある貸し別荘に到着したのは、もう日も暮れる頃だった。
夕食は知風と空見の母親が作ってくれた、それは豪勢な折り詰めで、少し早いが空見の誕生日を祝うことになった。

「おめでとう、空見君。…これ、僕と火足ちゃんで買ったんだ。気にいってもらえるといいんだけど…。」
「ありがとう!大事にします!」

差し出されたプレゼントは新しいウェストポーチ。
以前、一緒に街へ出たときに空見が手にとって見ていたのを覚えていたのだ。
早速つけて、くるりと1回転してお披露目して見せたところで、水支と視線が合った。
何か言いたげな空見の視線に、水支は戸惑って……。

「…あ〜、その…オレは、また来年……ということで〜……悪いね。」
「……はぁっ……ま、期待はしてませんでしたけどね…。」

溜息をつきながら呆れたような空見の言葉に、気まずくなる水支だった。
そこに助け舟を出すように、大月がケーキの箱を持って現われた。

「わぁ〜っ、それってぼくの最近お気に入りのお店のケーキ!埴兄ちゃん、どうしてわかったの?」
「お前のことならな…と、いいたいところだが、姉さんに聞いたんだ。さ、ローソクに火を点けよう。」
「なぁ〜んだ、お母さんに聞いたんだ…でも、ありがとう!」

ローソクを立てて火を点けている間、空見は上機嫌でそれを眺めていた。
部屋の電気を消すと、ローソクの柔らかい灯りに空見の笑顔が浮かんだ。
大きく息を吸い込んで、その灯りを思い切り吹き消す。
灯りが消え、部屋の中が真っ暗になる。
窓から差し込む月明かりが、ぼんやり部屋を照らしていた。
点けられた部屋の電気に、そのほのかな暗さに馴染んだ眼が一瞬眩む。
皆から掛けられるおめでとうの声に、少し照れながら応える空見。
均等に切り分けられたお気に入りのケーキを満足そうに頬張る空見に、大月の顔は緩みっぱなしで。
普段は見られない大月のそんな表情に、意外そうな知風と、羨ましげな水支だった。


食事も済み、お風呂にも入って、パジャマ姿の空見が眠たそうに目をこする。

「空見、そろそろ寝なさい。」
「……ぼく…埴兄ちゃんと一緒に寝る…。」
「後片付けをしなければならないから、先に寝なさい。」
「でもぉ……。」
「一つ大人になるのだから、一人で寝られるな?それに、明日は遊園地に行くのだから、早く寝ないと遊べなくなるぞ。」

まだ、何か言いたそうな空見だったが、そこまで言われると素直に言う事を聞くしかなかった。

「僕もそろそろ休みます。おやすみなさい、大月さん、先生。部屋に行こう、空見君。」

軽く笑顔を向ける知風に促されて、渋々部屋に向かう空見を、大月は苦笑いで見送った。
2人が部屋に戻り眠りについた頃、片付けを終えた大月と水支は一息ついていた。

「江藤…今日はつき合わせて、悪かった。だが、助かるよ。
 私一人では、空見達に付き合うのは骨が折れそうだからな。」
「そんなこと…別にいいですよ。先輩のお役に立てるなら、もぉ、喜んで!」
「すまんな。だが、本番はこれからだ…明日に備えて、今日は早く休むといい。」
「あ…やっぱり……。」
「ん?何か言ったか?」
「い、いえ…別に。」

頭に手をやって誤魔化すように笑う水支に、大月は不審な表情を見せた。
内心、何かが起きるかも……なんて期待も、無きにしも非ずだったのだが、この大月がそう簡単に受け入れてくれるはずは無い。
そんなに簡単に許すような軽さを持っていないからこそ、惹かれるのも事実。
だから、それが叶えられる時が格別なのだし。
今日は先輩の秘蔵っ子の誕生日祝いだから、我侭言うのはやめときますか……。
明日のバトルに備えて、早いとこ寝てしまおう!
水支が先に、2Fにあてがわれた自分の部屋へと向かう。
リビングの灯りを消す大月の姿が、ぼんやりと浮かびあがった。
月の柔らかい光が似合う人だと思う。
2人きりだったら、絶対に………。


何はともあれ、空見君に HAPPY BIRTHDAY を―――。



END



空見君、誕生日編です。
二人きりは、またお預けです(^_^;)
ちーちゃんもいっしょなのに、あんまり出番なかったなぁ。
北海道にいると梅雨の時期って、あんまり感じることないんだけど、
6月はそろそろ梅雨に入ってるんですよね。
遊園地に行くのは、やっぱりピーカンがいいよね。

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