9月は中間決算時期という、社会人にとっての年中行事を抱えているため、先輩は何かと忙しい。
こういう時に、学生である自分との立場の違いを思い知らされる。
たまに街で声を掛けても(たいがい、オレが待っているのだが…)先輩の表情には疲れの色が見える。
そんな疲れた顔で微笑む先輩を見てしまったら、先輩の誕生日に会って欲しいなんて大人気ない我侭を口にすることは出来ない。
それに、その日は空見君の家でお祝いをしてくれるのだと、照れながら話す姿を見てしまったし。
「先、越されちゃいましたね…。」なんて、冗談めかして言う事しか出来なかった。
引きつる笑顔に気付かれやしないかなんて、変なところに気がまわってしまう。
眼鏡の奥の瞳が微かに細められ、静かな笑みをこぼす。
願わくば、少しでもオレの存在を心の中に残してほしい。
―――それは、オレの、ささやかな願い。
「毎年、お誕生日は、一緒にお祝いしようね。」
それは2人のずっと前からの約束。
どんなに忙しい時でも、空見くんと会う時間を作る先輩。
それが出来るのは空見くんだけが成せる技。
あれほど可愛がっている空見くんの頼みとあらば、聞かないわけにはいかない。
空見くんならではの、無邪気な我侭。
そこにオレの入り込むような隙間は、多分、無い。
オレは、そんな無邪気な我侭を通せるほど、先輩の中に入り込んではいない。
表向きには、諦めのいい大人を装って。
心の中で、あの幼い少年に嫉妬している。
―――それが、オレの、ささやかな抵抗。
「江藤…明日、なにか予定は?」
珍しく、先輩からの携帯が入る。
大方の目途がついたというので、久し振りに飲みにでも行こうというお誘いだった。
二つ返事でOKしたのは、言うまでも無い。
こんな誘いは、オレだけ…ですよね?
自惚れでもいい、そう思いたい。
先輩はオレの前で、仕事の話はしない。
話題といえば、もっぱら、オレの進路問題。
苦笑いしながら、先輩の教義を頂戴する週末。
この時間だけは、先輩の心はオレに向けられているのだから。
本当は、永遠に先輩の心を閉じ込めてしまいたい衝動に駆られるのだけど。
―――それは、オレの、ささやかな欲望。
「先輩…部屋、行ってもいいですか?」
しょうがない、って表情で、拒まれないのは許されてる証拠だろうか。
久し振りに、穏やかな時間が流れる2人きりの室内。
最近は、おちびちゃん達に囲まれる事が多かった先輩。
整然と片付けられた室内に、微かなコロンの香り。
張り詰めていた緊張感と共にスーツを解いた先輩が、グラスとワインのボトルをそろえる一連の動作を、何とはなしに眺めていた。
その手元の流れを、眼で追う。
男性にしてはしなやかな指先でボトルの栓を抜き、グラスに注がれた紅い液体を揺らす。
グラスから離された先輩の手を捉え、それを引き寄せたのか…それとも俺が引き寄せられたのか。
息がかかるほどの距離で、瞳の中にいる自分を見た。
眼鏡の奥の瞳が揺らぎ、そこに嫌悪は感じられないから…。
そっと、吐息を塞ぐ。
―――それが、オレの、ささやかな幸福。
―――そう、ささやかな…。
END
うーん…えらい箇条書きだ(-_-;)
ハニーのBDに会えなかった、水支ひとりがたり、です。
ここまで言ってるくせに、ささやかですから(苦笑)
少しは幸せになってくれたでしょうか?
それにしても、空見くんとビシバシライバルです…うちの水支。
大人気ない…。
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