「先輩!」
オレがこうして、偶然のように声をかけるのは、いつからだったか?
今日もいつものように、偶然を装って声をかける。
でも、最近はそれもバレてるみたいで、顔を見るなりの第一声。
「どうした、江藤?何かあったか?」
そんな気遣う顔をするから、オレは偶然にしたかったのにさ。
何か無いと、話し掛けられない…そんなのは無しですよ。
「やだなぁ、何も無いですよ。心配性なんだから、先輩。」
わざとおどけて見せると、そこで初めて笑顔を見せる。
オレが、先輩に届けたいのは、心配事ばかりじゃないのに。
「それより、今年もやったんですか?例の”半分こ”。」
そう、今日は毎年恒例のイベントの日。
去年初めて聞いたときは、先輩のその無意識に見せる優しさに怒りすら覚えて。
それの全てを欲しいと思う自分に、嫌気がさしてきて。
でもやっぱり、気になってしまって…。
「まぁ、な…。だが、そろそろ世代交代らしいぞ…。」
「なんですか?それ…。」
世代交代、って…どういうことです?
先輩は、ただ面白そうに笑うだけ。
「同期の奴に「そろそろ、お前のトップの座も怪しくなってきたぞ。」と言われた。
今年の新入社員に、なかなかいい男がいるらしい…最近は、彼の人気が急上昇なのだそうだ。」
なんだよ、それって…!
勝手に騒いで、追い掛け回して、先輩の優しさに甘えてたくせに、興味がなくなるとそれで終いかよ!
「勝手ですよね…今まで、先輩の事を追っかけてたくせに…。」
オレの、怒気をはらんだその言葉に、先輩は怪訝な顔をする。
「どうしたんだ、急に…なにをそんなに怒っている?おかしな奴だな…。
もともと、私はそんなに騒がれるような男ではないんだ…それがわかったんだろう。」
「先輩!あなたは…!」
声を荒げたオレに、先輩が一瞬ひるんだ。
眼鏡の奥の瞳は、驚きに満ちている。
「…とりあえず、こんな所で立ち話もないし…。時間があるなら、家に寄っていくか?」
「………。」
何も言えずに頷くオレを、ため息まじりに笑いながら先輩は車に乗せた。
家に着くまで会話も無く、気不味いままオレ達は部屋に入った。
先輩はスーツを着替えて、冷蔵庫からアルコールの缶を取り出し「少し早いが、まぁいいだろう。」と、
ローテーブルを挟んでオレの前に腰を降ろした。
「やはり、なにか話があって来たんだな、江藤。お前が声を荒げるなんて…。」
先輩は、オレに何かがあったから機嫌が悪いと思ってるんだ…まったく…人の気も知らないで…。
「先輩は…わかってない……。」
「…何を、だ?」
「全部です!自分がどれほど注目されてるか、とか…オレが、それを気にしてること、とか…。」
意外だという顔をして見つめる先輩の視線に、オレは不安になる。
もしかして、オレの言葉は、先輩の重荷になりますか?
オレの不安をよそに、珍しく「くくっ…。」と声をあげて、先輩は笑い出した。
「何かと思ったら、そんなことか…。お前が思うほど、私は注目される人間ではない。
それに、気にしてるというなら、いい傾向じゃないか。私から興味が逸れるのは…。
なのに、どうしてお前がそれほど怒らなければならないんだ?」
些細な事だとでも言う様に、苦笑する先輩。
まだ、わからないみたいですね…オレが本当に腹が立つのは…。
「オレは…悔しいです…。
上辺しか見てない人間が、先輩の周りに纏わりついて…他が見つかればあっさり乗り換えて…。
本当の先輩の良さも知らないくせに…!」
「江藤…?」
ローテーブルを横に押しのけて、オレは先輩ににじり寄る。
オレの行動を見透かしているように、先輩は微動だにしない。
その余裕が、苛立たしさをかきたてる。
あなたは、何も、わかってない!
薄いレンズに映る自分の泣きそうな顔と、その奥にある揺らいだ瞳が重なった。
「…水支…。」
「………!」
そうやって、あなたは…。
オレを絡め取る術を持っているあなたは…!
「お前のその怒りは、本来、私が持つべき感情だ…だが、今の私にその感情は無い…。
何故だか、わかるか?」
「な…ぜ……。」
急に聞かれたその問の意味を図りかね、オレはただ繰り返すだけで。
先輩は、オレから視線を外し、眼鏡に手をかけた。
「お前は、知っているのだろう?”本当の私”という者を…。」
「え?」
「”本当の自分”を知る者は、一人だけいれば充分ではないのか?」
自分が言ってしまった言葉が恥ずかしかったのか、先輩はオレの方を見ようとはしない。
オレは、その言葉にどれほど溺れてしまったことか…。
「本当の先輩は、真面目で、誠実で、優しくて、凛として、面倒見が良くて…。」
「よ、よさないか、江藤!聞いている方が、恥ずかしくなる…。」
「居心地が良くて、いつも冷静で、それから…それから……。」
先輩は、少し頬を赤らめて口元を手で覆う。
オレの口からは、情け無いほど陳腐な言葉しか出てこない。
こんな言葉で、言いあらわすことなんてできない。
俯く先輩から、そっと眼鏡を取り上げた。
驚いたように顔をあげる先輩の瞳が、頼りなく彷徨う。
「先輩の瞳が、オレを見透かすから…。」
「水…支……。」
先輩の囁きが合図のように、オレはその瞳に吸い寄せられていく。
そして…。
静かに吐息を重ねた。
―――彼女達は知らない…先輩のこんなにいい声を……。
END
バレンタインということで、甘いでしょうかね?
いつもいつも、何をしてんだか、自分…
って、思いながら書いてますが。
だって、2人とも別人だし(特にハニーが…)
最近、水支が不憫だなぁ…と思ってたんで、
たまには許してください(^_^;)
(でも、まだ不憫かも…)
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