その日、水支の周りは朝から騒がしかった。
いつも彼の周りには女性の姿が絶えないのだけど、今日は特に人数が多かった。
それは、この日が彼にとって…いや、彼女達にとっての特別な日だから。

これは特別



 「これ、受け取って!水支〜。」

今日何人目かの女性が、水支にプレゼントを手渡していく。
もちろん、水支がそれを拒むわけも無く。

 「悪いね〜。あいしてるよvv」

なんて愛想を振り撒いて、彼女達の名前を全て正確に呼びながらそれを受け取っている。
その相手は幅広く、同じゼミの娘や、後輩、近くの女子大生、果ては女子高生からOLまで。
微かに頬を染め、潤んだ瞳で上目使いに見上げる彼女達を目の前にすると、それを拒む事など水支に出来るわけが無い。
そして、ある一人の女性から渡されたプレゼントが、水支にとっての災難の原因となった。


水支は、少し重くなったカバンを肩に担ぎ直した。
彼女達からのプレゼントの重みを感じながらも、頭に浮かぶのはたった一人。

―去年は…気にしてくれたんだよな…。

ずっとそんなことを考えながら歩いていたからか、自分の横に停められた車に気付かなかった。
短くクラクションが響き、その音の方へ視線を向けた水支の身体が、一瞬強張る。
そこにいたのは、シルバーの車体…ディーラーのオリジナルパーツが組まれた特別なS2000。
運転席に座る彼のレンズの奥の視線は、心なしか不機嫌な色を浮かべているように見えた。

 「せん…ぱい……。」
 「どうした?帰るのなら、送るぞ?江藤…。」

大月の声にはいつもの穏やかさは無かったが、あの日も確かこんな難しい顔してたかも…と、さして気に止めることもなかった。
なにより、水支にとって今日この日に出会えた事が嬉しくて。

 「乗らないのか?」

あまりに素っ気無く、そのまま走り去ってしまいそうな大月の言葉に、水支は慌てて車に乗り込んだ。
車に乗り込んでからも2人の間に言葉は無かったが、助手席で膨らんだカバンを膝に抱える水支は上機嫌だ。
そんな水支を横目で見やり、それでも先程から感じていた不愉快さを拭い去れずに、大月はハンドルを握っていた。


大学から出てくる水支を見つけて声をかけようとした大月の視界に、次々と彼に駆け寄る女性達が映る。
中心で嬉しそうにプレゼントを受け取る水支は、彼女達に「あいしてる」と告げていた。
その光景を見た途端、心の中に湧き上がった感情に気付き、だがそれを大月は打ち消した。
大人気ない…そんな些細な理由をこじつけて、モヤモヤとした気持ちのままクラクションを鳴らした。
振り返った水支は明らかに動揺したようで、思わず腹立たしさを感じた。
今、ここに現われたのがそんなに都合が悪いのかと思い、そう考えてしまう自分をも嫌悪した。
そのうえ、今度は彼女達からのプレゼントが入れられたカバンを抱えて、笑みを零して…。
どうしようもなく、イライラする。
自制の効かない感情を持て余して、大月は深いため息をこぼした。


 「あの…すいません。オレ、また何かやっちゃいました?」
 「…何故?」
 「先輩、怒ってるみたいだし…。」

大月の様子に気付いたのか、水支は助手席で大柄な身体を縮み込ませて、しゅんと項垂れている。
さっきまでの上機嫌がウソのようだ。

 「お前は、機嫌が良さそうだな。」
 「え?」

冗談めかしてならともかく、冷淡な抑揚の無い声で、こんな嫌味な言い方なんてする人じゃ無い。
変わらずこちらを見ようともせずにハンドルを繰る大月に、水支は顔を曇らせた。
このまま、今日が終わってしまうのか…この人に会うために生を受けた特別な日が…。

 「……今日、オレ、誕生日なんです。」
 「そうか…。」
 「…今日、先輩に会えたから、浮かれすぎたかもしれませんね…オレ。」
 「……別に、私がいなくとも、お前は満足していたのではないか?」
 「そんなことっ……!」

水支が言いかけた言葉は、あまりにも鋭い大月の視線に遮られた。


しばらく走り、大月は近くの公園の駐車場へと車を滑り込ませた。
夏の夕暮れは遅く、まだ辺りは明るさを残している。
おもむろに、大月の手が水支の首筋に添えられた。
驚いて反射的に身を引くと、首筋で”それ”が揺れた。
大月の視線はまっすぐに”それ”をとらえている。

 「今日は、随分と周りに女性が多かったようじゃないか。」
 「あ…!」
 「プレゼントを身に付けるなんて、珍しいな。」
 「これは…その…!」

水支に女性からの贈り物が多いのは承知していたはずだった。
だが、水支はいままでそれを身に付けたことはなかった。
一度でも一人の物を身に付けてしまえば、すべての物を身に付けなければならなくなってしまう。
それでは切りが無いから…そう言っていたのを覚えている。
なのに今、水支の首筋で揺れているのは、いつも付けている鳥をモチーフにしたトップと、見覚えの無い小さなシルバーのクロス。
触れようとするのを拒むという事は、明らかに女性が選んだ物なのだろう。

 「触れられたくないほど、大切なのだな…それは……。」
 「ち、違う!これは…。」

大月が物を贈る相手というのは、空見に限定されていた。
元々、誰かのために贈る物を選ぶのはあまり得意ではない。
その点空見なら、あらかじめこれが欲しいとリクエストしてくれるため、それを贈ればいい事で。
それに、空見の他に誰かに何かを贈るという行為は、今までの大月には考えられなかった。
そんな自分が、水支のためにと贈られた物に対して、こんな感情を抱くのはお門違いなのはわかっている。
だが、この暗くあさましい感情…嫉妬・独占欲…それは止めどなく溢れてくる。
大月は、まるで自分の中から零れてしまう感情を押さえつける様に、その端整な顔を歪めた。


見られていた…それに、誤解されてしまった。
何を言っても言い訳になる…女性に囲まれていたのも、これを身に付けているのも、紛れも無い事実なのだから。
でも、これは不可抗力でもあるし、こんなことで誤解されて気まずいままではいたくない。
それなのに、大月のあの視線に射竦められて、水支は何も言えなくなってしまう。
元はといえば、助教授のあの一言が原因だったのだと、今さらながらに後悔した。

 『今日1日、これを付けてたら、一つ単位をやってもいいぞ。』
 『あ〜っ!それ、本気にしますよ、センセ!今日だけでいいんでしょ?』
 『そう、うまくいくかな?オレさまは、1日もたないとみたが。』
 『受けてたちますよ。1日くらい、どってことないっしょ!』

大月の表情はますます険しくなっていき、何か言わなければと思うものの、水支の口からはうまく言葉が出てこない。
重い沈黙が車内を包み込んで、息苦しさを覚えた。
この沈黙に先に耐えられなくなったのは、水支。

 「先輩…何を言っても言い訳になるけど、これはオレの本意じゃないんです。
  これは今日限りで終わる物だけど、オレの特別は先輩だけで…それはずっと変わらなくて。
  だから、ずっと先輩の側にいたいけど、もし先輩が嫌だというなら、それはしょうがないと思うし…。」
 「……。」

大月は何も言わず、黙ってそれを聞いていた。
小さなクロスを握り締め、それに願いを込める様に水支は言葉を続ける。

 「…先輩、オレの後輩っていう立場だけは…それだけは、お願いです…。どうか、それだけは…残しておいてください…。」
 「……後輩という立場だけで、いいのか?」
 「え?」

微かな声だった。
いつもの凛としたまっすぐな声ではなく、不安と戸惑いの混じった、弱気な声だった。
聞き返した水支は、その声と同様な大月の表情から、目が離せなかった。
自信無さ気に憂いを帯びた表情ですら見惚れてしまう自分に、この人から離れられる訳が無いと思った。


 「オレの特別は…先輩だけです。いつまでも…。」

先程よりも力の込められた水支の声が、シンとした車内に響いた。
その意味を試すように、大月の瞳が細められる。

 「それは…証明できる、のか?」
 「証明して、みせますよ…。」

小さく息を吐き瞳を閉じた大月に、水支はそっと近付いた。
そしてクロスを外すと自身の唇で大月のそれを塞いだ。
もうこれ以上、何も言わない様に。

頭の片隅で、単位取り損ねたな…なんて考える水支だった。


=後日=
大月の携帯に、飲み友達である彼女からの連絡が入るのは、数日後。
 「あの日、江藤と会っただろう?大月さん。」
 「あの日?」
 「江藤の誕生日だよ。クロスを付けてただろう?」
 「あぁ、あの日ですね。あなたでしたか。あれの贈り主は。」
 「まさか、外してなかっただろうね。」
 「さぁ、どうでしょう。そこまでは、気付きませんでしたが…。」
 「ふぅん…まぁ、いいだろう。そういうことにしておこう。」
電話の向こうで意味深に笑う彼女の顔は、容易に想像できた。
あのクロスで一悶着あったことなど、絶対知られるわけにはいかないな、と、大月は苦笑していた。


END


誕生日おめでとう!水支!
というわけで、どこら辺がそうなのか不明ですが、水支BD記念です(^_^;)
自分の誕生日だというのに、やっぱりちょっと不憫ですね、私が書く水支は。
彼は、そういう運命なんでしょうか?
ちなみに、プレゼント選びが苦手なのは、オイラです…(ーー;)

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