「「TRICK or TREAT!」」
火足の前で、幼馴染の中学生とその友人の小学生が、満面の笑みで両手を差し出している。
それが何を意味しているのかわからずに、火足はただ呆然としていた。
頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが、目に見えるようだ。
「とりころとんとん?そりゃ、なんの呪文だ?」
そう言った火足に、目の前の2人も一瞬唖然として、少しの間の後、大きく笑い出した。
「ぷっ…にゃははっ!宇津木さん、面白すぎっ!」
「あははっ…火足ちゃん、惜しいけどちょっと違うよ。それは、今日の合言葉だよ。」
「合言葉?今日は何の日だ?別に、旗日でもねえだろ?」
まだ納得いかない火足の口からは、質問しか出てこない。
「宇津木さん、今日は万聖節(ばんせいせつ)の前夜祭、ハロウィーンですよ。」
「アメリカでは、怪物に仮装した子供達がお菓子を貰いに近所を回るんだ。」
「ハロウィーン?」
火足にとって、ハロウィーンという行事はあまり馴染みが無く、今日がその日だと言われてもピンとこない。
さっき2人が言っていた『TRICK or TREAT』という合言葉もどういう意味かさっぱりで、火足はポカンとした顔をしたまま。
「火足ちゃん、『TRICK or TREAT』って『お菓子をくれなきゃ、悪戯するよ!』っていう意味なんだよ。」
「お菓子をくれなきゃ、悪戯しちゃいますよ!宇津木さん!」
悪戯するぞ、と言われても、学校帰りの火足がお菓子を持っている訳は無い。
内心、何をされるか不安ながらも、そこは事実を言うしかなくて。
「すまん、今は何もやるもんがねえんだ。でも、悪戯って…。」
火足が言い終わる前に、2人が顔を見合わせてにっこりと微笑んだ。
心なしか、何かを企んでいるズルイ笑顔にも見えて、火足は思わず身構えた。
「「TRICK!」」
「うわぁ〜〜っ!」
いくら鍛えているとはいえ、いきなり飛び掛る2人を支えきれずに、火足は仰向け様に倒れこんだ。
抱きかかえるように倒れた火足に、2人はギュッと抱きついた。
「「HAPPY HALLOWEEN!」」
「な…!何だぁ!?」
2人は火足から離れると、愉しそうに笑いながら駆け出していく。
後には混乱したまま座り込んでいる火足が残された。
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講堂を抜けた水支の視界に、校門へ向う学生達の背中が映る。
彼等の背中を目で追っていくと、ここには不釣合いな少年達が微笑んでいるのが見えた。
「やぁ!こんな所でどうしたんだい?おチビちゃん達!オレに会いに来てくれた、なら、嬉しいんだけど!」
「もう…先生ったら!僕はもうおチビちゃんっていう歳じゃないよ!」
「当たりですよ!江藤さん。今日は、貴方に会いに来ました!」
「お!嬉しい事言ってくれちゃって!」
膨れっ面した元教え子と、先輩の秘蔵っ子を交互に見やり、水支は少し屈んで視線を合わせる。
「で、今日の用事は何かな?」
そう言った水支の目の前に、ズイッと差し出されたのは、2人の手のひら。
反射的に仰け反ったところに、2人の声が見事なユニゾンで響く。
「「TRICK or TREAT!」」
「へ!?」
その言葉に思い当たる事もあり、水支はゆっくりと口角を上げる。
「あぁ、ハロウィーンね。これはまた、随分可愛い遊びしてるねぇ。愉しんでる?」
「えぇ、それはもう。こういう事を愉しむのは、子供の特権ですから。」
「…それを君が言うかねぇ……。」
小学生とは思えないような少年の物言いに、水支は苦笑を隠せない。
隣では、元教え子の少年がそのやり取りを見ながら穏やかに微笑んでいる。
そして、軽く首を傾げながら、おもむろに口を開いた。
「それで、先生はどっち?」
水支は暫らく考えるそぶりを見せた。
顎に手を当てて、神妙な顔をして見せるが…。
「う〜ん…こんな可愛い小悪魔ちゃんなら、悪戯されちゃうのも悪くないかも…
…っていうか、反対に悪戯しちゃいそうだなぁ、オレ…。あ!それもいいねぇ!」
ブツブツと呟く水支の言葉が、2人に聞こえないわけが無く。
「あ〜ぁ、あんなこと言ってますよ。」
「先生ってば、どんどん範囲広げちゃってる…。」
「ボク、なんだか身の危険を感じちゃいます。」
「そうだね…ちょっと、危ないかも。」
「これは、埴兄ちゃんに報告すべきですね…。」
顔を見合わせ、手で口元を覆い、眉を顰めて視線だけを水支に向ける。
いかにもこっそり話している仕草だが、実はしっかり聞こえるように言っているのは間違いない。
ここは突っ込むべきだろうか?と、水支は少し悩んでいたが、先輩の名前が出たことで慌てて声をかける。
「ちょ…ちょっと、待った!しっかり聞こえてるよ!…って、それだけは勘弁してくんない?」
水支は苦笑混じりにため息をついた。
そして、カバンの中からラッピングされた小さな包みを取り出した。
「本当は、どっちも捨て難いんだけどね。でも、この時間ってことは、君達はこれから塾の時間でしょ?
悪戯されちゃうにしても、ご馳走するにしても、塾をさぼらせちゃったらあの人のお説教が待ってるわけよ!
それも悪くないけど、やっぱ、しかめっ面は見たくないし…。って事で『TREAT』だよ。」
あらかじめ用意されていたらしい包みを訝しげに受け取る2人に、水支は軽くウィンクをしてみせる。
「ほら、今日は可愛い小悪魔ちゃんが一杯だからさ!」
「先生ってば、相変わらず抜かりないね。」
「日本の民俗学を専攻しているというのに、これだけ西洋の風習に精通してるなんて…卒業からは程遠いですね。」
「だからさぁ…君がそれを言うかなぁ……。」
その容姿に似合わない大人びたこの小悪魔達には、さすがの水支もお手上げで。
それでも、お菓子の包みを手に満足そうに笑みをこぼす彼等に、水支の表情も思わずほころんでしまう。
「「HAPPY HALLOWEEN!」」
「君達もね。」
駆け出す2人の背中を見送り、水支は賑やかな街へと足を向けた。
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仕事を終えて、徐々に暮れていくビジネス街を歩いていた埴史は、背中に軽い衝撃を感じた。
しかし、この感覚は慣れ親しんだものであり、ゆっくりと振り返ったそこには思い当たる人物がいた。
「どうしたんだ、こんな時間に…。塾の帰りかい?」
埴史の問い掛けに、可愛い甥っ子とその少し年上の友人が、顔を見合わせて微笑んだ。
いつもこの2人には何かしら驚かされているため、今日は何を仕掛けてくるかと内心焦りつつ、埴史は彼等の出方を伺っていた。
すると、飛び切りの笑顔を浮かべたまま、2人はスッと両手を差し出した。
未だに事態が飲み込めずに、埴史はその小さな手の平を見つめる。
「「TRICK or TREAT!」」
「それは…!」
ようやく彼等の行動を理解して、埴史は思わず表情を緩めていた。
大人びているとはいえ、やはり子供だ…随分と可愛い事をするものだな。
このために、塾の帰りにわざわざこんな所まで訪れた彼等を、無下にするなんて埴史に出来るわけが無い。
「悪戯か、ご馳走…か。さて、どうするかな。」
「埴兄ちゃん、さぁ、どっち?」
眼鏡に手を掛け、さも難しい選択を迫られているような埴史を、少年達は愉しそうに見ている。
結論を急がせるために、カウントダウンまでしそうな勢いだ。
埴史は、期待に満ちた瞳で自分の答えを待っている2人を、どうやったら満足させられるか思考を巡らせていた。
「生憎だが…今は手元に何も無い。これでは、悪戯されてしまうのかな?」
「ふふっ…そうなってしまいますね。」
「ど〜しよっかなぁ!」
どんなことをしようかといろいろ策を練っている甥が、歳相応に子供らしい表情を見せているのが微笑ましかった。
隣でそんな甥を柔らかな笑顔で見つめる彼のおかげだろうか。
暫らく、あれこれと声を潜めて相談している2人を眺めていた埴史だったが、そのままからかわれるつもりは無い。
「…ここには無いが、ご馳走のあてはある……どうする?それでも、悪戯するかい?」
そう言うと、それまで額を突き合わせていた2人が、弾かれたように埴史へ視線を向けた。
瞳がきらきらと輝いて…素直に喜びを現しているのは、その瞳を見ればすぐわかる。
そんな表情を見るだけで、この少年達のお遊びにのった甲斐があったというものだろう。
「少し遅くなってしまったが、お前達食事はまだだろう?これから食事にでも行こう。
君も、大丈夫かい?なんなら、家には私から連絡をするが…。」
「いえ…自分で連絡しますから大丈夫です。それより…僕まで一緒で……いいんでしょうか?」
急な食事の誘いに、彼は遠慮がちに尋ねる。
埴史の手にしがみ付いていた少年が、驚いたように瞳を見開いた。
「何言ってるんですか!そんなの、当たり前です!もし埴兄ちゃんがダメなんて言ったら、ボク、もう口聞いてあげないんだから!」
「はははっ…そうだな。君は、気にすることは無いよ。私も、口を聞いてもらえなくなるのは、嫌だからね。」
元々、一緒に連れて行くつもりだったが、大事な甥にそこまで言われると是が非でも来てもらわねばならないと、埴史は彼を促した。
埴史と少年の笑顔に迎えられ、彼も笑顔で答えて、3人は暖かな明かりが照らす街へと向った。
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【今日は、愉しかったですね!伊佐さん!】
【うん、僕も愉しかったよ。】
食事を終えて家へ帰ると、知風の携帯に空見からのメールが届いた。
今日の1日を思い返すと、思わず表情が緩んでしまう。
思いっきり動揺してる火足の表情や、空見とのやりとりに苦笑を浮かべる水支、やはり大人を感じさせる埴史の笑顔。
いつも理論武装の空見が珍しくはしゃいでいるのにつられて、自分もいつもよりはしゃいでいたかもしれない。
【また、一緒にできるといいですね。】
【そうだね、空見くん。】
そんな、僕等のハロウィーンの1日が、静かに終わりを迎える。
HAPPY HALLOWEEN!
END
ハロウィーン記念。
初めてのハロウィーンものです。
最初は火足だけのつもりだったけど、
書いているうちになぜかオールキャスト(笑)
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