給湯室小話 10



 「ねぇ、ちょっと!聞いた?」

けたたましい声をあげて、営業部の真由が給湯室に駆け込んでくる。
そんな、いつもの風景。

 「今日は、誰が、どうしたって?」

休憩を取っていた女性社員達が、何事かと集まってくる。
それも、いつもの風景…だったのだが…。

 「開発に来てる派遣社員!3連休に誘うって言ってたの!」
 「開発の派遣って…あの、千秋って娘?来て早々、手が早い事…。」
 「だから…誰を?」
 「聞いて驚け! 大月主任だ!
 「なんですって〜!!

このプライムワイズ社の女性社員なら絶対にしないであろう(恐れ多くて絶対出来ない)あの大月主任をプライベートで誘うなんて!
この一言で、彼女は女性社員の大半を敵にまわした。
そこへ、示し合わせたように開発部の悠里が顔を出した。
途端に周りを取り囲まれ、質問の集中砲火を浴びる事になる。

 「ねぇ、あの派遣の娘!大月主任に目を付けてるって本当?」
 「今月の3連休、狙ってるって?」
 「まさか、もう手を出したわけじゃ…。」

あまりの剣幕に後退りながら、悠里は「まぁ、落ち着いて…。」と、ひらひら手を振る。

 「結論を言えばね…。」

そう切り出した悠里の話は……。


12月に入り、年内に詰めておきたいプランのため開発部との打ち合わせが多かった大月は、そこで問題の彼女と顔を合わせる事となった。
何かと大月の傍でかいがいしく動き回っていたため、嫌でも認識せざるを得なかった。
開発部との連携もどうにか形になって来た頃、人気の無い廊下で大月は彼女から声をかけられた。

 「お疲れ様です、大月主任。」
 「君は…確か、開発の…。」
 「嬉しい、覚えていただいて…。大月主任、私…お話したい事が…。」

小柄な彼女が大月と話すには、自然と見上げるようになる。
少し首を傾げて、妖艶に微笑む…その表情に、男なら誰でも見惚れるはずだった…今までならば。
でも今、目の前にいるこの男がそれまでの男と違うという事に、まだ彼女は気付いていない。

 「そういえば、派遣で来ていると聞いたが…何かと慣れないこともあるだろう。私で良ければ、相談にのるが…。」

持ち前の面倒見の良さを発揮する大月に、彼女は少し面食らったようだが、こんな事では挫けない。

 「今度のプランのお手伝いが出来て、私、嬉しいです。大月主任にも、いろいろと助けていただいて…。」
 「それは、当然だろう。いい仕事をするには、連携は大切だからね。」

俯きがちに両手を口元で組んでみたり…と、さり気なく艶っぽい方向へ話を向けようとするが、肝心の大月はまったくその気は無いらしく。
遠回しではダメとわかり、戦略を変更してみる。

 「大月主任…!私、契約が年末までなんです。でも、もっと大月主任と一緒にいたいです!」
 「そう、か…随分仕事熱心だな…。なら、人事の方に伝えておこう。」

いや、そうじゃなくて…と、内心突っ込みを入れつつ、なかなかなびかない大月にやっと今までのようにいかないと気付いて。

 「大月主任……私、クリスマスに…大月主任と、一緒に過ごしたいんです…!」

きゃっ、言っちゃった!なんて小さく呟いて、両手で顔を覆うと大月に背を向ける。
間違い無く、これで堕ちるだろう…彼女はそう思った…今までの男ならそうだった…。
だが、やはり…大月には通用しなかった。

 「あぁ、連休前の打ち上げか…その日は、生憎都合が悪くてね。私は出席出来そうに無いんだ。済まない。」

すごい勢いで、彼女は振り返った。

 「皆で楽しんで来てくれ。」

なんて、目の前の大月は、清々しく微笑んでいる。
『どうして私がここまでしてもなびいてこない!こんな男がいるなんて!?』と思わず声に出してしまいそうになるのを無理やり押し込んで、 辛うじて言った。

 「どうして?」
 「甥と、約束しているんだ。ちょうど仕事も休みだから、クリスマスはゆっくり甥の相手をしてやらなければ…。」
 「…はぁ? お い で すっ て !?」

クリスマスイブを挟んだ3連休、空見から絶対にその日は空けておくようにと11月の内から釘を刺されて。
スケジュール帳にはしっかりと3日間赤丸が付けられて(空見印の)
空見のメル友で親友でもある知風やその幼馴染の火足、大月を巡ってのライバルであり不本意ながらもやっぱり外せない水支。
不思議な縁で巡り合った彼等と一緒に、クリスマスを過ごそうと画策していたから。
会場となる大月の部屋に、前日から飾り付けをするんだ!と嬉しそうに話す空見のため、その日はすでに午後から休暇を取っていた。
唖然とする彼女を残し「人事には伝えておくから、頑張ってくれたまえ。」と片手を挙げて爽やかに立ち去る大月氏。
ちょっとぉ、なんなのよ!…という彼女の呟きは、誰もいない廊下に虚しく響いていた。


…様子を、偶然居合わせた悠里が、一部始終しっかりと見ていたのだった。
給湯室は波を打ったように静まり返る。
女としての武器が、甥の存在に負けてしまった彼女には、その場にいる全員が同情の念を隠しきれない。

 「大月主任の叔父バカを知らなかったのが、彼女の誤算よね…。」

ぽつりと呟いた悠里の言葉に、一同大きく頷いた。
そんな給湯室のいつもの風景。


ちなみに、彼女の派遣期間が延長されたかどうかは、また別の話。


END


<2005/12/13>

ひさびさの小話、更新しました。
クリスマス記念…になってる、かな(苦笑)
ひたすらボケ続けるハニーになってしまいましたが。
これほど鈍感でもないと思うけどね、ハニー…。
5人で、クリスマス…時間があれば、書けるだろうか。
まぁ、予定は未定だからねぇ…(^_^;)

給湯室小話 111

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