時綾夢譚



夢を、見ていた。

私は現実とは思えない世界で、現実にはありえない者と向き合っていた。
目の前には、吼えるとも叫ぶともつかない奇声を発する、異形のモノが立ちはだかる。
その魔物に向かい、私は奇妙な印を唱えながら、背後にいる彼を守護していた。
彼は、猛る気を右の掌の一点に集中し、攻撃の機会を待っている。
私の印により動きを封じられた魔物の隙をつき、彼は右手に込めた力を一気に放出させた。
それは文字通り、小さく穿たれた穴から膨張した水が噴出するように、渦を巻いて魔物を襲う。
金属を切り裂くようなおぞましい叫声に、思わず背筋に悪寒が走る。
魔物は断末魔の悲鳴を残し、纏っていた闇と共に掻き消えていった。
そして再び、静寂が訪れる。

魔物と対峙した際に傷を負ったのか、スーツの右腕が大きく裂け、袖口からは鮮血が伝い滴り落ちる。
彼は私の傷を見つめて、まるで自分が傷を負ったかのように、辛そうにその端整な顔を歪めた。
だが私は、彼が無傷でいるということの方が重要で、ただそれだけを望んでいるのだ。
自分の命に代えても、彼を守護すると誓ったのだから。
なぜなら彼は、私の大事な……。

彼は…誰………。

ここで、夢から覚めた。


毎晩繰り返し、夢を見ていた。
まるで連続ドラマのように連日に及ぶ壮大な夢物語は、私を少なからず疲弊させていた。
たとえ夢とはいえ、見ず知らずの他人を命がけで護る自分…寝覚めのいいモノではない。
寝入ると同時に引きずりこまれる夢の中で、私達と魔物の戦いは日増しに激しくなっていく。
自分達の持つ力だけでは、滅することの出来ないほどの手強い魔物に対する手段。
私の力を、彼に預ける…その手段を教示してくれた巫女様は、これは危険を伴うと念押ししたが。
何より、彼との想いがより強固なものでなければ発動すらしないと…。
私が恐れていたのは、身の危険なのか、それとも、力が発動しないこと…彼の想いが私に向けられない事、なのか。
私を危険に晒すことを躊躇する彼にそのタイミングを委ねてしまったのは、彼の気持ちを量りかねている自分の弱さからなのかもしれない。
果たしてその機会は訪れ、力の発動により魔物を屠ることができた。
できたと、思っていた……できた…はずだった。
なのに、魔物は彼の精神を道連れにした。
彼を失った喪失感は、自分の身体が引き裂かれたかの痛みで私を苛んだ。
何故…どうしてこれほどまでに彼に固執するのだろう。


これは、夢だ。
身体から魂を飛ばし、ハタレと呼ばれる魔物の過去を遡るなど、夢でなければ不可能だ。
しかも、古代神話の世界から連綿と続いている物語に、自分が関わっているとは思えない。
そう思っていても、夢の中の私はそれを疑う事はない。
魔物から受けた傷も、印を練る時の感覚も、彼に向ける感情も、全てがそこでは現実なのだ。
そこでの私は、命を投げ打ってでも彼を守護する者だから。
だから、私はある決断を下す。
ハタレの過去を知り揺れ動いている彼は、あまりにも無防備で危うくて。
そんな彼を護るためなら、これしか方法はないと思った。
私は、禁断とされている言霊を口にすることも、ためらいはなかった。
私の中にある全ての力が、彼へと流れていく。
そのまま、私の意識は深く暗い深淵へと沈んでいく。
崩れ落ちる身体を支える彼の腕の中、私の名を呼ぶ悲痛な声が遠くから微かに聞こえた。
その声だけが、堕ちていく私の耳に、最後まで残された。


疲労感を残したまま、夢から覚める。
残っているのは、私を呼んでいた彼の声と、ねっとりと絡みつく闇に呑まれて、堕ちていく嫌な感覚。
気だるい身体を無理矢理起こして、冷たい水を流し込んだ。
徐々にすっきりとしていく思考に浮ぶのは、夢の中の彼の姿。
彼はいつも、敬愛の想いを込めて私の名を呼んでいた。
私はそれを、身近にいる存在として自然に受け入れていた。
私と彼が親密な関係であることは、疑う余地はない。
そのはずなのに、私の記憶の中に彼の存在が認められないのは何故だ?
心にわだかまりを残したまま、私はまた日常生活へと動き出す。


クライアントとの打ち合わせ場所へ向かう途中、対向してくる人混みの中でただ一人の姿に視線が惹き付けられた。
雑踏から飛びぬけた身長に、少し長めの髪が陽光を受けて金色に煌く。
多分、誰もが見惚れるだろう端整な顔立ちの青年が、人の流れに沿ってこちらへと歩んでくる。
私は途惑っていた…こんなことが、あるのだろうか?
段々と近付いていく彼との距離、私はどうすることも出来ず、人混みに流されるまま。
すれ違う瞬間に、彼がふとこちらをうかがった気がした。

そのまま…私達はすれ違った。


彼が立ち止まり、振り返った気配がしていた。
だが、私に何ができるというのだろうか。
引き止めて、彼の名を呼ぶ術も知らない私に。
あまりにもリアルな夢の中で、運命を共にしただけの、彼に……。


END



これは、水史(カナテ)×埴史(モリ)の、
BAD ENDのイメージで。
最近まほろばしてなかったし、
BAD ENDも見てないんで、
ちょっと違うかもしれないですね。
しかし、ハニー視点は文が堅くて…(^_^;)

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