卒業〜出来ない相談



『卒業』という事を、考えなかったわけじゃない。
むしろ、オレはその事をずっと考えている。
その日を向かえるという事が、オレにとってどれだけ重要なのかを。

 「お前は、どう思っているのだ。」

久しぶりに酒の席に付き合ってくれた先輩が、珍しくほろ酔い加減にそう言った。
最近は出張だったり、残業も続いたりで、そんな先輩の貴重な時間を拝借しているのは重々承知している。
それでもこうして付き合ってくれるから、ついつい甘えてしまうのだけど。
…だけど、オレはその日が来るのが、怖くてしょうがない。

 「ちゃんと考えてますよ。でも、周りがなかなか手放してくれないと言うか…。
  人気者も、辛いっすよね。」

へらっ、と笑うオレを見つめる先輩の顔は、見なくてもわかる。
眉をしかめて険しい表情を浮かべ、視線は突き刺さるほど刺々しい。
そして、本当に深く溜め息をつく。

 「いつまでそうやって、茶化すつもりだ。いい加減、世話を焼かすな。」

オレは卒業と同時に、立派な頭主になるためのしきたりやらをみっちりと仕込まれて、古いだけの家を守る。
ただ、血統を絶やさぬためだけに、それだけのために生きていく。
先輩は、オレがそうなる事を望んでいるんですか?
先輩は、こんなオレから手を引きたいと思ってますか?

 「オレってそんなに、手が掛かりますかね。」
 「そうだな…お前に掛ける気苦労はダントツだな。」
 「…かなり…効きますね……。それって…。」

オレの卒業は、そのまま先輩からの卒業も意味している。
一番怖かったのは、家に入る事なんかじゃなくて…先輩の手が離れてしまうこと…。
今の言葉に、オレの我侭が先輩を困らせていると気付かされる。
動揺と裏腹に、オレはこんな時でもやっぱり笑うしかなくて。
両肘をテーブルに乗せ軽く手を組む先輩は、呆れたように額をコツンとそこへ預けた。

 「…水支…お前は……本当に世話がやけるな…。」
 「…………。」
 「おかげで、いつまでも目が離せない……。」
 「……へ…?!」

組まれた手に預けられたままで、先輩がどんな顔してるのかわからなかった。

 「お前はそれほど……私に、監視…されたいの、か?」

先輩、それって…冗談…ですか?
今日は結構、酔ってるみたいだし…先輩でも、そんな冗談…。

 「おまえはそれほど、私を、束縛したい…のか…。」

両手越しに、先輩が上目遣いにこちらを窺い見ている。
瞳は、僅かに焦点がぼやけているようで、ゆらりと揺らぐ。
その意味深な視線は、オレの理性やら、つっかえやら、もやもやなんかを吹っ飛ばすには充分だ。


 「監視…されたいですね…ずっと……。」

END



WEB拍手から、繰上げ。
卒業と言えば、水支かと(笑)
珍しくハニーがグデグデです。
「手が掛かりすぎて、目が離せない」=「監視」=「束縛」
なんて感じで、見てもらえれば…。
それで、ずっと目を離さないで欲しいって、水支の気持ち。

戻る