桜の見頃は、もう遙か北へと移動していた。
近辺の公園にあるささやかな花で、その訪れを知りつつ。
やはり、忙しさにかまけてゆっくりと観賞することもなく終わった春の催し。
いつものことだから…と、これもいつものように片付けてしまう。
こんな時に来る連絡は、きっとロクなことではない、のだと思う。
タイミングを計ったように、胸元の携帯が震えた。
自分の予感は、外れる事はないだろう。
諦めたように溜め息を零して、大月は携帯を開いた。
「先輩!」
電話口には、いつもの手の掛かる後輩の声。
やはり、当たったか…その考えを気取られないよう、端的に答える。
「どうした?この時間は、まだ講義中ではないのか?」
「え?いや…まぁ、良いじゃないっすか。それより…。」
後で、しっかりと『注意』しなければ…そんなことを考えながら、後輩の話の続きを聞いた。
「先輩、今年も見そびれたんじゃないですか?」
嫌な予感というのは、外れる事はないらしい。
「江藤…もう、あの木が花を付ける事はないだろう。」
以前にも、同じようなことがあった。
時期はずれの、遅咲きの桜…それは見事なモノだったが、なにか物淋しい気持ちも残った。
あの桜は、すでに旅立っている。
「いえ、あれじゃなくてですねぇ…。」
「もう、時期は過ぎているはずだ。」
「ここらはね。」
「ん?」
「それなら…今、見頃な所に行けばいい。」
今、丁度、咲きほこっている所といえば…。
「先輩…一緒に『北海道』まで、行かないですか?」
「ほ、ほっかい、どう…だと……?」
「函館辺りが、丁度いい時期だと思うんですけど…。」
先日、TVニュース等で言っていた。
今年は気温が低いため、開花は少々遅れ気味だと。
だが、GWを過ぎたとはいえ、それほど簡単に行ける土地ではない。
それなりの手続きが…。
大月の迷いを察したのかどうか、電話口の後輩は話を続けた。
「実は…江藤の本家が懇意にしている旅館がありまして、
毎年この時期に行く事になってるんです。
まぁ、お家の事情…ってとこなんですけど。
今年は頭首の都合が悪くて、その代理なんですよ。」
「それならば、余計に行くわけには…。」
古くから名の通った江藤の家の所用ならば、自分が行くわけにはいかない。
それは、大月にとっては当然な考えだ。
でも、この後輩は、事も無げに否定する。
「いいんです。そんなの、形だけで、すぐ済みますから。
費用は全てこちらでもちます。先輩の都合さえつくなら…。」
「そう言うわけには、いかないだろう!」
「…先輩に、見て欲しいんです。できれば、その…一緒に、なんて…。」
言葉を失くした大月の頭に、困ったような顔をする後輩が浮んだ。
「だめ…ですか…?」
本当に、手の掛かる後輩だ。
そういう風に言われては、無碍に出来ないではないか。
大月は、聞こえるか聞こえないかの、小さな息を吐いた。
「いつ、行くのだ?」
今度は、電話口の彼が言葉を詰まらせる。
「あっ!あの、日程は――。」
手帳に日程を書き込みながら、休暇の理由をどうするか考える。
まぁ、こんな時程、日頃の行いがモノを言うのだろう。
END
WEB拍手から、繰上げ。
今年もやっぱり花見には縁の無いハニー。
前の夜桜見物の一件で、水史のお誘いには要注意(笑)
今年の北海道は、4月の気温が低かったから、
桜前線もGW過ぎと、遅れ気味だったので。
お泊りで、花見なんて、どうでしょう。
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