暗闇が訪れる時間は徐々に遅くなり、夜を愉しむ者はより深い宵まで活動の刻を延ばして。
短く儚い宴を終えた頃には、もう夜の住人は行き場を無くす。
久しぶりに…本当に久しぶりに、仲間との酒宴に付き合った週末。
特に理由なんて無かったけど、お呼びが掛かる度に頭の隅を掠める人物が気になって、ついつい有耶無耶に受け流し。
それが今日、何も考えることなくすんなりと首を縦に振ったのは、別に深い意味なんて無いはずだ。
強いてあげれば、最近顔を合わせ辛いと、ふと感じてしまったことだろうか。
想いが冷めた訳じゃない。
むしろ、この想いは膨れ上がるばかりで、もう自分でも持て余してしまうぐらい。
いつまでも燻り続ける熱を冷ますつもりで、しばらくは接触を控えてみたものの…。
余程のことが無い限り、あの人がオレを呼ぶ事は無い。
加えて、企業戦士であるあの人は、一度大きな仕事を抱えると、自分の意思では自由に身動きが出来なくなる。
お気楽な学生の身分のオレとは、生きる世界すら違うみたいだ。
だから、オレが動かない限り、声を聞くことすら出来ない。
そんな現状に、一番打ちのめされてるのがオレ自身だってことに、今さら気付いてももう遅い。
あまりに開きすぎた距離に、唖然として立ち尽くすだけ。
冷めるどころか、抑え切れないほどの熱を抱えたままで。
眠る事の無い街の喧騒から抜け出して、一人で薄暗い街灯の下を歩く。
それほど飲んだつもりは無いのに、珍しく身体は素直に反応している。
覚束ない足取りで、引き摺る音を響かせて。
ふらりと立ち寄った、小さな公園。
もう、遊具で戯れるほど、自分は幼くは無いのだけど。
何故か視界に入った、格子状にパイプを組んだだけの小さな城に、引き寄せられていた。
一番上まで何とか上り、少し高くなった視界に濃紺から蒼へと変わる空が映った。
もう、そんな時間なのかと、深く息を吐き出して、ふと上空を見上げる。
徐々に迫り来るかわたれ時に、追いやられるように浮ぶ月。
ゆっくり、両手を空へと伸ばす。
届くはずの無い月を、そっと包み込む。
確かに、手に入れたように見えるのに、オレの手の中には虚しさが残り。
淡く輝く月は、オレの手をすり抜けて空へと逃げた。
あの月は、あなたのようだ…。
オレには掴む事が出来ない、遥か高みの天空で光る月。
こうしてずっと、見上げるしかない…届かない…。
久しぶりの酔いも手伝って、感情が溢れた。
瞳から零れたのは、月の光を浴びた、想いの雫。
呼び出し音が、頭の奥で響いていた。
こんな時間に、非常識?
あの人は、こんなことを嫌っただろうか?
なのに、自分で切ることが出来ない…どうしようもない。
不意にシンと、音が途切れた。
『…江藤か…どうした?こんな時間に…。』
案外しっかりとした声が、飛び込んできた。
『眠れないのか…。』
咎めるような言葉も無く、淡々と届く声。
『しょうがないな…。』
「先輩…。」
『どうした?』
「…月が……。」
『……あぁ…そろそろ、見えなくなりそうだ…。』
「………!」
オレが、起こしてしまったのかもしれない。
でも、もしかしたら、同じ景色をずっと見ていたのだと。
そう、思ってもいいだろうか…。
『早く、帰ってこい…。』
「…わかり、ました。」
上空には、もう微かに消え入りそうな月。
オレの中には、この手に届きそうな月が残った。
END
久しぶりの、水支とハニー。
甘さを目指してみたけど、どうなんでしょ?
やっぱり必須アイテムな携帯でした(苦笑)
水支が電話したのは、だいたい4時ごろということで。
ハニーも眠れなくて、空を眺めてた…って感じで。
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