中秋の名月も過ぎ、また徐々にその身を削る月が見下ろす、週末。
水支は、駐車場から思い当たる人物の部屋を見上げて、零れる明かりに笑みを漏らした。
「先輩…今、自分の部屋ですか?」
『そうだが…急にどうしたんだ?』
「これから、行ってもいいですかね…っていうか、もう、下にいるんですけどぉ…。」
携帯から聞こえたのは、深い溜め息。
そして、しばらくの間が空いて、抑えた声が耳に響いた。
『………上がって来い…。』
その声音に苦笑いを浮かべて、水支はエレベーターホールへと足を向けた。
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ドアを開けた埴史に、手に持っていたビニール袋を手渡しながら、水支はリビングへ向かう。
部屋は少し照明を落とし、クラッシックのCDが静かに曲を奏でていた。
テーブルの上には、自分が持ち込んだものとは別の缶が封を開けられていて、その傍らには栞を挟まれた文庫本。
ゆっくりとくつろいでいただろう時間に、急に割り込んでしまったようで、僅かに感じる罪悪感。
埴史の顔色をそっとうかがった水支は、さほど機嫌を損ねてなさそうな表情に安堵した。
ビニール袋から取り出した缶を差し出した埴史が、水支が受け取るのを待って口を開く。
「で、今日は一体どうしたんだ?」
小気味いい音をたてて開いた缶に急いで口を付けて、椅子に腰掛けた埴史を上目遣いで見やる。
「先輩の顔が見たくて…って理由じゃダメですか?」
茶化しているのか本気なのか、判断を付け難い水支の視線に、埴史は諦めたような溜め息と共に、一口喉に流し込む。
その溜め息は、きっと本気であいそをつかしたというわけではないはず。
だから水支は、埴史の隣にいることが、心地いいと思う。
「先輩、先月、誕生日だったでしょう?一応、お祝いしようかと…。」
「それはありがたいが…もう、それほど誕生日がめでたいという歳でもないがな。」
急の来訪が、自分を祝うためだと言う水支に、多少の照れも混じり埴史は苦笑いする。
それを視界に止めた水支の表情に、ふっと陰が差したのを、埴史は見逃さなかった。
「どうした?それだけでは、ないのだろう?」
「……オレも…やっぱり、めでたくないですよ…先輩の、誕生日なんて……。」
祝いに来たと言いながら、不愉快そうな顔をする後輩を眺め、埴史は今日何度目かの溜め息を吐く。
「そう、あからさまに言われると、いい気はしないものだな。是非とも、その根拠を知りたいものだ。」
「…そ、そんな、変な意味じゃなくて……ただ、オレは…。」
絨毯に座り込み、両手で缶を握りしめたまま、口ごもる。
自分よりも一回り体格のいい水支が、小さく背中をまるめて俯く様は、まるで叱られている子供のようだ。
続く言葉を促している埴史の視線は、それを見ずとも感じ取れた。
「…また…差が、ついてしまうから……。たった2ヶ月ほどだけど、1つ近付いていた差が、また…。
届かない…5年の、差が…。だから、めでたくなんか…ない、っていうか……。」
本当にもどかしげに、何度も口にするどうにもならない歳の差。
たったひとつだけ縮んだ差が、たった2ヶ月で再び開く。
どうしようもない事実を憂いている水支に、埴史の目元が微かに綻ぶ。
「もし、私とお前が、同じ時間を過ごしていたとしたら…。」
「…え?」
埴史は、あまり仮定の話はしない。
事実を冷静に判断し、自身で確信したことを口にする堅実なタイプ。
その埴史が口にした『もし』に、俯いていた顔を上げた水支の視界には、緩やかに微笑む表情が映る。
「今、お前の隣にいるのは、別の誰かかもしれない。
この5年の差が、私達に定められた宿命にとって必然だとしたら…。」
「……!」
「私とお前は、友という関係になっていたかもしれない。
だが、私を守るべく、別の『モリ』が…または、お前が守るべき、別の『カナテ』が…。」
漠然と聞いていた水支が、続く言葉を遮って声を上げる。
身を乗り出すように埴史を見上げて、見開かれた瞳が、必死に訴える。
「そんなっ…!そんなの、ダメだ!オレが守るのは、先輩でなければ意味がないっ!」
そんな水支を見つめ、埴史はフッと小さく微笑んだ。
多少、意地の悪さが含まれているような微笑を浮かべたまま、跪いて水支と視線を合わせる。
急に間近に顔を寄せられ途惑う水支に、埴史が微かに囁いた。
「ならば…素直に祝って貰おうか……。」
”やられた!”
水支がそう思った時にはもう遅く、結局はすっかり埴史の手の中で踊らされていたと知る。
だったら、とことんのってみようか。
「もちろん、そのつもりです。」
そのまま、目前にあるレンズを外し、真っ直ぐにその瞳に映る自分を見つめて、吐息を重ねた。
「おめでとうございます。先輩…。」
END
今さらだけど「おめでとう、ハニー♪」とか言ってみる(^_^;)
何も出来ずに、結局は1ヶ月ほったらかしで…(苦笑)
しかも、まったく別人っぽいです…どういうこと?!
5年の差について、水支のひとりごとはこちら→★
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