静かな夜に



ドアを開けると視界に飛び込んできたのは、四角い箱だった。
一瞬、これはなんだろう?と、思考が止まる。
目の前にいるのは、紛れもなく、彼。
さっき、携帯が鳴ったばかりだ。
「これから、行きますね。」と、それだけ言って、プツリと途切れた声。
間もなく、来訪を告げるインターフォンが鳴り、今の状態に至る。
彼と、この白い箱との、共通項がどうしても思いあたらなかった。


 「ゼミの奴が、ケーキ屋でバイトしてるんですよ。この時期でしょ?
  売り上げのノルマにって泣き付かれましてぇ、ちょっと貢献しようかと。」

「付き合って、もらえませんか?」と、にこやかに笑う彼に、溜め息で答える。
お互いに、それほど甘い物を好むわけではない。
まるまるホールで持ち込まれても、食べ切れないとわかるはずだ。
ならば、ここに持ってくるよりも、従兄弟や教え子と分けた方がいいのでは。
そんな疑問を読み取ったのか、彼は箱を開けながら「大丈夫ですよ。」と言う。
今日は、クリスマス前の、週末。
箱の中に入っていたのは、甘いクリームにイチゴの乗った…というモノではなかった。
当然、この時期限定の、赤い服に帽子を被った老人の砂糖菓子も、乗ってはいない。
拍子抜けするほど飾り気のない、クリーム色の満月に似た、円い焼き菓子だった。

 「チーズケーキなんです。甘さはかなり控えめになってますよ。
  ちゃんと味見したんで、先輩でもイケる味ですって。オレが保証します。」

一体、誰の部屋なのかと思うほど、手馴れた所作で皿やフォークを用意して。
台所から持ち出したナイフで、器用に切り分けていく。

 「余った分は、空見くんとでも、食べてください。」

「物足りないかもしれないけど。」と、こちらを見ずに、呟くように。
そして、皿を手渡す時に向けられた笑顔は、少し無理に作っているように見えた。
無理を、している?…それは、何に…?
不意に浮んだ思いは、自分を混乱させる。
彼の行動は、いつもこうだ。
自分の予想の、範疇を超える。
それなのに彼の行動を拒絶しないのは、自分がそれを楽しんでいるからなのか?
どんな意味を持つものなのか、気になっている。
それが、自分にとって心が安まるモノであることを、望んでいる。

 「…明日は…多分、先輩は、空見くんのモノだから…。
  周りは盛り上がってるし…オレもなんだか、ケーキでお祝い、みたいな気分だったんですけど…。」

「やっぱ、らしくなかったですね。」そう言って、苦笑する。
本当に、らしくない。
空見のために時間を割いている自分に、気を使っているというのか。
今まであれほど、子犬のようにまとわり付いていたのに。
気付けばいつも、彼は近くにいたというのに。
いや…こんなことを考えている、自分の方がらしくないのか。
以前は至る所から彼の交際遍歴を聞かされたものだが、最近は聞かれなくなった。
彼がここにいることが、その理由。
そのことを、当たり前のように受け止めている、自分に呆れる…。


世間は、様々な色合いの光が溢れ、大切な誰かとの時間を紡ぐ。
彼が自分との時間を望むのと同じように、自分も彼との時間が必要だと感じている。
失った時はきっと、心が虚しさを覚えるだろう。
こんな自分の感情を、彼は気付いてないだろうが。

 「生憎、空見は家族でテーマパークだ。明日は、パレードを見るのだと張り切っていた。」
 「え…じゃあ……。」
 「当然、これを全部食べ切るまで、責任を取ってくれるのだろうな。」

彼は、瞳を細めて「よろこんで。」と、自然な笑顔を零した。

こんな日は、大切な相手と、静かな夜を…。


END



ハニーとケーキを食べよう、という話。
相変わらず、ヘタレた水支くんです…(苦笑)
珍しく、気を使ったというのにね。
まぁ、クリスマスということで(^_^;)

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