給湯室小話 11



各フロアに設置されている、給湯室のテーブルの上には、焼き菓子の隠れた名店と噂される洋菓子店の、クッキー詰め合わせが一箱。
それを囲んで、フロアの女性社員達は、何故か溜め息。

 「さすが、大月主任よね。」
 「女性社員の好みは、全てリサーチ済って事。」
 「それも、各フロア、だもんねぇ。」
 「全員公平ってとこが、また主任らしいというか…。」
 「自分が関心を持たれてるって事、未だに自覚なし、だしね。」
 「これだって『君達には、いつもお世話になっているからね。』なんて、さらっと言えちゃうし。」

浮かない顔で飲み物を片手に、クッキーを摘まむ。

 「それって…完全に、ここには本命がいない、って事だよねぇ。」

総務課 沙織の呟きに答えるように、給湯室は溜め息に包まれた。

****

今年の恒例行事の幹事だった沙織は、その準備に手を掛けようとしていた。
一応、当事者である大月には確認を取ることと、例年の幹事達から引継ぎを受けていたため、今年もそれにならい大月 に伝えたのだが。
返された言葉に、沙織は愕然とした。

 「その件だが…申し訳ないが、そろそろ取り止めにしてほしいのだが…。」

その後も大月の言葉は続いていたが、沙織は呆然と聞いていた。

 「他にも、君達が贈るに相応しい者は、たくさんいることだし。
  もう、私などに気を使うこともないだろう。
  もちろん、今までの心遣いは、本当に感謝しているよ。」

なんて、にこやかに返された日には…沙織はそのまま給湯室に向かい、その場にいた者に淡々と伝えたのだった。

 「それって、もしかして……。」
 「なんか、それ以上、聞きたくないかも…。」
 「でも、それしかありえないよねぇ…。」
 「そうなんだよね…とうとう、その日が来たってことかしら…。」

その場にいた全員が深刻な顔を付き合わせて、一つの結論を導き出そうとしていた。

 「…本命が、出来たということ…!」

その日の給湯室には、悲愴な雰囲気が漂っていた。

****

その日から今日まで、大月の動向には常に女性社員の視線が注がれていた。

 「大月主任の、本命は、誰?」

だが、彼女達が見る限り、大月の交際範囲の中にはそれらしい人物は見当たらなかった。

 「この間、あの後輩君が大月主任の帰りを待ってたよね。」
 「その前は、甥っ子君と一緒に、遊びに行ったって話してたし…。」
 「そういえば、天使くんと街を歩いてるのを見かけたわ。」
 「体育会系の彼と、お茶してるのも見ましたよ。」
 「あの『噂の女』と居酒屋で飲んでたって目撃情報もあるけど、むしろ相手の方が男らしい飲みっぷりだったとか。」

そして、今日…全女性社員に向けての『お返し』に、本命の存在は謎として残ってしまった…。
大月の行動の中のどこにも、本命の影が浮んでこないまま、とうとう今日を向かえてしまったのだった。


先月、珍しく神妙な表情で訴えた水支の言葉に、思わず返してしまった交換条件
その条件を呑むと言った声が、あまりにも真剣だったから。
大月もそれに答えようと、入社以来の恒例行事を取り止めにした。
水支は、無理だと思っていたあの条件を、見事クリアしたらしい。
その努力に免じて、今日のために用意した御褒美を、大月はそっとカバンの中に忍ばせていた。

その事実を、彼女達が知るはずもない。


END


<2007/3/14>

また、久々更新になってしまいました(^_^;)
果たして、まだ続くんでしょうか?この小話…。
まぁ、ぼちぼちと…ということで。
☆おまけ
「交換条件」を押してみると、おまけがある…かも(^_^;)

給湯室小話 110

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