年度初めのゴタゴタもようやく落ち着き、通常の生活が徐々にではあるが戻りつつあった。
だが、例え通常の生活が戻ったとしても、大月が退社する頃は既に煌々と月明かりが辺りを照らしている。
少しヒヤリとする外気に触れた身体を軽く震わせて、大月はこれから満ちていくだろう段階の欠けた月を見上げた。
フッと、息を吐き、戻した視線の先に、ぼんやりと覆う薄闇の中、はらりと舞う小さな花弁。
思わず、その様に見惚れていた大月の耳に届いた、聞きなれた声。
「お疲れ様です!先輩。」
微かな揺れにさえ花弁を散らす一振りの枝を携えて、現れた彼。
たった一振りとはいえ、見事な花を付けたそれは、彼の手元ではらはらと舞った。
「いったい…どこから拝借したのだ、それは……。まさか、無断で手折ったというのではあるまいな。」
彼は、瞳に驚愕を浮かべ、慌てたように口を開く。
「ち!違いますって!これは、ウチの庭の桜です!この間の強風で煽られて、折れたみたいで…。
でも、結構たくさん蕾を付けてたんで、水に差しておいたらこんなに咲いたんですよ。」
「逞しいっすよねぇ…。」と、月光に翳した花弁の向こうに、彼の明るい色をした髪が風に揺れる。
風に舞う花弁、揺れる彼の髪、月光に照らされたそれらに目を奪われて、気付かぬうちに瞳を細めていた。
自分の目に映る光景に、かつて訪れた事のある幻想的な場所が、一瞬蘇る。
「ねぇ、先輩。このまま風に曝されて、すべて散らせてしまうより…少しでも長く愛でていたいと思いません?」
花弁越しに見える彼の瞳が、緩やかに弧を画く。
大月は、彼の言葉の真意に気付き、それまで巡らせていた想いを心の中に留め、視線を伏せて大きく息を吐いた。
「やはりな…まぁ、いいだろう。今回は、その桜の健気さに免じて、お前の企みに乗るとしようか。」
「あははぁ…やっぱ、お見通しっすね…。」
「これも、立派な花見酒、ってことで…。」と、苦笑いを浮かべる彼に呆れながらも、結局は同意している自分。
すっかり彼のペースに乗せられているが、それもいつものことだ。
舞い散る花弁と彼の姿が月明かりに照らされているこの状況で、酒を組み交わすのも悪くはない。
彼は、あの光景を覚えているだろうか?
それを問えば、きっと彼は懐かしそうに、その表情を和らげるだろう。
散り逝く桜を見ながら、そんな在りし日を思い出すのも、悪くはない。
END
恒例になってしまった、水支の花見のお誘いです(笑)
今回は、持参してみました(^_^;)
ちなみに、北海道は、これからが桜の時期です。
この時期に満開になるということは、ちょっと早めなのかな?
私の住んでいる地域は、もう少し先のようですが。
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