10.君を想う



桜が芽吹く3月、ここ、興和苑では壮行の宴と称する卒業の儀が行われていた。
4月から2年に進級するオレと伽月にはまだかかわりの無いことではあるが、学園行事という事で参加しないわけにはいかない。
これから社会に出て行く諸先輩を、心置きなくこの学び舎から送り出すことが、この『壮行』という言葉に込められているのだから。
 「どうせ、壮行の宴なんて古臭い習慣は、あたしらの出る幕じゃないんだからさ〜。」
伽月のこの台詞には(もちろん、どっかフケるよね)という断定が含まれている。
しょうがないな、と思いながらも、この壮麗な行事に身の置場がないオレは、幼馴染の申し出を断る気は無かった。
見渡せば、前総代と次期総代が握手を交わしている光景が視界に入る。
 (総代か…オレには縁の無い、高みの人たちだよなぁ…)
そんなこと考えながらぼんやりしているオレを、伽月がいきなり小突いた。
 「げっ、こっち見た…うわっ、笑ってるよ〜。来るな…来るな…来た〜っ…。」
 「え?来るって、誰が…!」
小突かれた脇をさすりながら視線をめぐらすと、そこには笑みを浮かべる次期総代様の姿があった。
さっきまで、遠くの方で霞がかって見えたあの高嶺の人が、今こちらに向かって歩いてきてる。
伽月は同じ師範に稽古をつけてもらっている兄弟子だから慣れているんだろうけど、オレは面と向かうのは初めてで、まだ、心の 準備が…。
おろおろするオレを尻目に、どんどんあの方は近付いてくる。
 「よぉ、伽月。『来た〜っ』とは、失敬だね。楽しそうにやってるじゃないか。俺も話に混ぜろよ!」
 「何が楽しそう…だ!あっち行ってなよ!」
 (伽月、露骨に嫌そうな顔で…いくらなんでもそんな言い方は…)
オレの緊張をよそに、髪をかきあげながら苦笑をしつつ総代様は話し掛ける。
 「どうやらご機嫌斜めみたいだな?こっちの彼は…ひょっとして、彼氏か?」
 「何バカなこと言ってんの!?伊波 飛鳥、あたしの幼馴染だよ!」
 (そうそう、幼馴染…って、えっ、オレのこと…!)
総代様の視線が、オレの方へと移る。
その瞳に見つめられると、オレの中の全てを見抜かれてしまうような気がして、無意識に体を強張らせていた。
 「はっはっはっ…そうか。俺は三年壱組、九条 綾人だ。飛鳥、よろしくな。」
 「は、はいっ!」
 (そりゃぁ、もう、存じてます…え、今、オレ…もしかして…?)
確か、オレは総代様とは初対面で、たった今、紹介されたばかりで…名前で呼んでくれたのか?
だって、相手は、血統氏族の多いこの郷の中でも特に位の高い九条家の御曹司で、郷の者なら知らない者はない、数十年に一度の神子と呼ばれる九条 綾人様だぞ?
そんな人が、一般生徒でしかないオレに、よろしくな、って…恐縮すぎて、恐れ多くて、なんか、すごいぞ。
ミーハー根性丸出しだが、オレは柄にも無く浮かれていた.
 「…それで、どこにフケる算段だ?」
 「あんたは関係ないの!」
感動に浸るオレにはお構いなしに、総代様と伽月の攻防は続く。
どちらかといえば、いきり立つ伽月を楽しそうにかわす総代様、といったところだが。
だが、そこへ紫上さんが参戦する事で、些か総代様には不利になったらしい。
 「宗家!こんな所に…困ります!お役目とお立場があります、早々にお戻りください…。」
 「結!学友の前で俺を宗家と呼ぶな!大体、参事のお前がいれば……。」
 「ええーいっ、もう、ウザイなぁ!走れ!飛鳥!総代、悪いけどまたね!」
 「おい、待てよ!俺も……。」
名残惜しかったが、そのまま伽月に引きずられる様に、興和苑を後にする。
振り返ると、残念そうに、だけど笑顔でオレ達を見送る九条総代の姿があった。
その笑顔を見ていると、暖かな陽だまりの中に包まれる安心感があった。
オレは、いつまでもその笑顔を見ていたいと思っていた。

これが、あの人とオレの出会い。
ここから全てが始まり、これが全て。
オレの気持ちは、いつまでもこの日のまま。

いつまでも、暖かな笑顔を見ていたいから。
その笑顔が曇らないように。
オレの討魔は終わらない。


END


<2004/7/1>

始まりの時、です。
もう、ここから飛鳥君は、すでに総代命なんですねぇ。
飛鳥君が…というか、私がなんですけど(^_^;)
総代登場の時から、どこまでもお供します!
って、思いましたもの。
できれば、フルボイスにしてほしかったなぁ。

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