夕暮れが辺りを朱に染め、その斜光は執行部室にも差し込んでいた。
飛鳥は、少し提出期限を過ぎてしまったクラスの定例会議案を持って、執行部室に駆け込んできた。
「すいませーん!遅れま…し…。」
部室に入ると、そこにいる人物の姿に、思わず言葉を詰まらせた。
夕日に照らし出されたシルエットは、いつもの席で頬杖を突いている九条総代。
考え事をしているのかと思い、音を立てないように提出物を棚に置いて部室を出て行こうとしたが、九条が飛鳥に気付いた
気配は無かった。
差し込む夕日が、九条の胸元にかけられた印章に反射している。
その煌めきが同じテンポで動く様子に、飛鳥はそっと九条に近付いてみた。
伏せられた瞼に、薄く開けられた口元からもれる規則正しい息使い。
近くで見ると、思ったよりも睫毛が長くて…。
「……綾人さん…寝てる……?」
小さく呟いたつもりだったが、その言葉に反応したのか、九条の指先が微かに動いた。
飛鳥は、慌てて口元を押さえてその場から離れようとしたが、時すでに遅く。
「…ん…飛鳥、か…。どうした、こんな時間に…?」
頬杖をした姿勢のまま、少し虚ろ気な視線を飛鳥に向ける。
いつもの張り詰めた雰囲気とは違うあまりにも無防備なその表情に、また一つ九条の素顔を見ることが出来たと飛鳥は思った。
でも、そんなことを口に出せるわけも無く、心のうちにしまい込む。
「綾人さんこそ、こんな時間まで何をしてたんですか?」
「あぁ、俺か?ちょっと書類の整理をな…目を通しているうちに、眠ってしまったみたいだな…。」
軽く体を伸ばして眠気を覚まし「このことは、他言無用だ…。」と、気まずそうな笑顔で髪をかきあげる。
「特に、結に知れると後々やっかいだからな。」
「結奈さんに、ですか?どうして…?」
訳を聞く間もなく、2人の背後から声がかかる。
「誰に知れると、厄介なんですか?」
驚いて振り向く2人の視界に、入り口に立っている結奈の姿が飛び込んできた。
「お二人で、こんな時間まで何を?」
「結…!あ、いや…飛鳥に書類の整理を手伝ってもらっていたんだ……なっ、飛鳥?」
「え、あっ…そ、そうなんだ…結奈さん。結構、手間取っちゃって……ねぇ、綾人さん?」
顔を見合わせて頷きあう2人に、結奈の冷ややかな視線が注がれる。
「…無理に付き合わなくてもいいですよ、飛鳥君。綾人様、頬に、カフスの跡が…。」
九条は慌てて頬に手を当てた……万事休す。
飛鳥は天を仰ぎ、結奈は深い溜息をついた。
「…綾人様…また、うたた寝されてましたね。
あれほどお疲れでしたらご無理なさらずに、ご自宅に戻られてお休みくださいと何度も申しましたのに…。
こんな所で、風邪でもひかれたら、どうなさるんですか!」
いつもの物静かな結奈とは思えない程強い物言いには、さすがの総代もかなわないらしい。
ひたすら苦笑いを浮かべて、やり過ごそうとしていた。
そんな九条に詰め寄るように、結奈はなおも言葉を続ける。
「飛鳥君からも、言ってください!お一人で全て解決しようとなさらずに、少しは私達にお任せください!
綾人様が、もし体調を崩されたりしたら……!」
必死に訴える結奈の気持ちが、痛いほど伝わってくる。
九条が何でも自分で背負い込んでしまう事が心配なのは、飛鳥も同じだった。
自分の身を案じている2人の後輩の視線を感じ、それまで苦笑していた九条の表情が、柔らかいものに変わった。
九条は2人に覆い被さるようにして両脇に抱えると、静かに呟いた。
「…俺にとって、お前達のいるこの場所が、一番安らげる場所なんだ。」
「綾人…さん……。」
「…綾人様!」
驚き戸惑う2人に「ちょっと、キメ過ぎか?」と、九条はいつもの笑顔を見せた。
討魔に明け暮れる彼等にとって、信頼している仲間がいるここが、一番安らげる場所。
それは、執行部の誰もが思うこと。
朱色の空が、天頂から徐々に藍色に染まろうとしていた。
「なぁ、飛鳥…何か軽く食っていくか?」
「あ…でも、そろそろ…。」
「そうですよ、綾人様!寮の門限が…。」
「そんなものは、俺の権限で…。」
「綾人様!」
「こんな時に使わないで、なんの総代権限だ?」
「あはは…。」
END
<2004/7/14>
なんか、ほのぼのしてる3人を書きたくて、
玉砕した感じです(苦笑)
闘いの合間の休息に見えたら、
嬉しいんだけど…。
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