1.討魔



宝蔵院鼎は、大いに悩んでいた。
もう壮行の宴の日も迫っているというのに、庚辰天魔の変のゴタゴタ以降、学園からの通達はまだない。

「うーむ…これは、あと1年、学園に残れということか…それならば、誠や飛鳥を鍛えてやれるというもの…
 だが、あやつらと同学年になるというのも……うむむ…これがミサの言っておった、頭上の天魔ということか。
 なかなか手強いな、これは…。」

日課の鏡の前のポージングも、今日はなんだか気分が乗らず、腕を組んで大きなため息を漏らす。
その時、拍子木の乾いた音と共に、校内アナウンスが鳴り響いた。

『暫定、三年壱組の宝蔵院鼎くーん、執行部部室までどーぞー。』

執行部顧問・山吹 夏子の妙に軽い口調で告げられる『暫定』の台詞に、一瞬声を詰まらせて、再びため息をつくととぼとぼ執行部室 へと向かう宝蔵院だった。


執行部室に入ると、そこには顧問の山吹と共に、石見教官が控えていた。

「宝蔵院くん、どうしたの?なんか、いつもの気合が抜けちゃってるみたいだけど…そんなに心配だったのかなぁ?」

山吹に悪気がないのは解っているし、その原因は彼女の台詞であるとは思っても無い事も解っている。
あきらめて、頬をかきながら苦笑いするしかなかった。

「随分、待たせてしまいましたねぇ。申し訳ない…こちらもちょっとバタバタしてましたんで…。
 ようやくですが、君の特別卒業試験を実施する事になりましたよ。」
「これに合格できれば、やっと卒業よん♪でも、これは難関よ〜!」

難関だろうと、今年こそ卒業しなければ鬼より怖い親父殿の怒りをかうのだ…絶対に合格しなければならない!
やっと自分の進退がはっきりとするという事で、宝蔵院はさっき失った気合を取り戻しつつあった。

「して、それはいつ?」
「早速ですが、今日これから…暦明洞にて行います。」
「なんと!今日これから、とは、随分急な…。」
「さささっ、もう、準備万端整って、彼等ヤル気充分なんだから!」
「彼等…?」

意味深な2人の態度に、不安を隠せない宝蔵院だったが、卒業のために背に腹は変えられない。
ここは、乗せられるしかないだろう。


宝蔵院は、暦明洞の前に立っていた。
その入り口は、光も差し込まぬ闇が大きな口を開けて待ち構えている。
傍らに、教官達の姿は無い。

「今回、私たちは行かないのよ。」
「審判は、彼らがくだします。」

彼等、とは、誰の事を指すのだろう?
暦明洞といえば、この天照郷唯一のハイテク機器を備えた、巨大なバーチャルリアリティー施設。
天魔をも作り出す仮想現実空間に、人など誰もいないはず。
だが、悩んでいるヒマはない…とにかく、先に進むしかなかろう。
宝蔵院は、覚悟を決めると闇の中に身を沈めた。


暗闇に多少眼が慣れてくると、ぼんやりとくり抜かれた岩盤の壁が浮かび上がる。
魂棒 鎌十字を脇に構え待ち受ける宝蔵院は、覚えのある験力の気配に戸惑っていた。

「…むっ、この気配は……。」
「気が付かれましたか、先輩…。では、先輩への僕の誠にかけて…行きますっ!韋駄天!!」
「誠かっ!」

すばやく背後に回り込み則宗を抜刀、斬りつけるが、見抜かれている太刀筋と宝蔵院の体躯には軽すぎる攻撃に、 それほどのダメージを負わす事は出来なかった。

「なんですの、若林!そんな情け無い太刀筋では、師範代に傷一つ付ける事叶わなくてよ!」
「その声は…ミサ!」
「ほーっほっほっほっ、この那須乃美沙紀、若林のようにはいきませんわよ!師範代、お覚悟…天より落ちろっ、響!!」

無数に落下する矢を、大きく振った鎌十字でなぎ払う。

「あはははっ、さすが年期が違うね〜、せ・ん・ぱ・いっ!」
「それを言うなっ!…伽月!」
「じゃあ、行っくよ〜!!くらえっ!正義キ〜〜ック!!」

伽月の強烈なケリをギリギリでかわし、すかさず体制を整える。

「なんや、みんな情け無いなあ…ここは、ワイにまかせえや!」
「お前は…晃か?お主、月詠に戻ったんじゃ…!」
「まぁ、こまい事は、気にせんといてえな!そんじゃあ、いくでいくで〜!鬼刺っ!!」

焔を纏った槍に貫かれる寸前に鎌十字で受け流す。

「にゃははっ、かなえちゃん、はっけ〜ん!」
「なんと!お主までとはなぁ、琴音…。」
「いたいめ、みせちゃうもんね〜!いけぇええ!もえもえぇ〜!!」

紅花から降り注ぐ火球を払い除けながら、自分は何をしているのかと考えていた。
卒業試験だと言われ、いきなり後輩達より攻撃を受け、それに応戦している自分。
一体、これは、なんだ?

「さすがですね…師範代。」
「でも、これならどうですか?」
「結に…飛鳥か!お主等、どういう…。」

「彼の心、今ここに…」
「彼の力、今我に…」
「「破邪顕正」」

淡い光に包まれて、勾玉に祈りを込め小太刀に験力を注ぐ2人の背後に、抜刀 楓を構える九条 綾人の姿が浮かび上がる。

「…なるほど、そういうことか…さすが、お主が見込んだ奴等だな…綾人。面白い事をやりおる…
 これは、ワシの人生最大の討魔ということか…ならば、尚更!倒されるわけにはいかん!!」
「「颶風光刃陣!!」」
「めっせぇい!憤怒粉砕!!」

衝撃波が風を巻き上げ、宝蔵院の周りに吹き荒れる。
それを打ち消すように振り下ろされた鎌十字が、地面を打ちつける。
技がぶつかり合う波動が広範囲に広がった。


「は〜い、そこまでぇ!」

山吹の緊張感の見られない声が、暦明洞に響き渡る。
気がつけば、辺りには仄かに明りが灯され、執行部の面々が勢ぞろいしている。

「で、試験の結果はどうなのかな?」
「あ…僕は、あの…。」
「はっきりなさい!若林!」
「いいんじゃないの?合格で。」
「ワイは、部外者やしなぁ…。」
「かなえちゃん、そつぎょうせいなのぉ?」

みんな好きな事を言っている(琴音はわかってないかもしれない)が、その表情は満足そうだった。

「じゃあ、合格、ってことでいいのかな?次期総代?」
「ええ…飛鳥君はどうですか?」
「俺も…合格です。先輩、卒業おめでとうございます。」
「そうですね。執行部全員の総意です。おめでとうございます。」

これは、これから過酷な闘いが待ち受けるであろう宝蔵院へ、執行部からの『壮行の宴』。

――こやつ等なら、心配は要らん…なぁ、綾人よ……。
「そりゃあ、俺が見込んだ奴等ですからね、鼎さん……。」
宝蔵院が心の内で囁いた言葉に、九条が答えたような気がした。


END


<2004/7/17>

鼎ちゃんは、初めて書いたかもしれない。
ちょっとネタばれかも…ですが、
ED前の美沙紀との会話と、
伽月の台詞から思いつきました。
こんな卒業もいいかなぁ、なんて(汗)

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