2.君と歩ゆむ道 (2話「執行部、西へ」)



執行部に入部したとは言うものの、表立った仕事をオレ達にさせてもらえるわけじゃなくて。
今のオレ達がやる事といったら、総代から出された課題をひたすらクリアする事。
今回のは、方向感覚を狂わせる陣を張られた森の中から、いかに脱出するか…という稽古。
 「執行部なんて…執行部なんて、抜けてやる〜〜!」
いつもの伽月の雄叫びが、森の中にむなしくこだまする。

そんなオレ達にも、やっと初めてのお役目の通達がきた。
日曜日に呼び出されて不機嫌そうな伽月も、初実戦という事で俄然張り切るが、そんな伽月を総代は厳しく制する。
 「お役目を甘く見るんじゃない、伽月。
  執行部の歴史の中で、そういう油断をつけいれられ命を落としたという前例があると聞いている。
  もっとも、今後そんなことがあってはならないし…俺が、させない。」
その瞳には力強さがみなぎり、この人と共にならどんな困難も乗り切れるという気にさせてくれる。
オレの中の総代の存在というのが、それほど大きなものになってきていた。
オレ達の初のお役目は、総代と結奈のサポート役だ。
サポート役という事に不満を漏らす伽月をなだめるためか、顧問の山吹の矛先はオレの方へと向いた。
 「伊波君は、どう?九条班のサポート役は、イヤ?」
その言葉に、試すような笑顔を浮かべて、総代が続く。
 「それは俺も興味ありますね。どうなんだ、飛鳥?」
総代の瞳は、真っ直ぐにオレを射抜いていた。
オレは、総代のこの視線が苦手だと思った…期待に応えたくなるから。
 「そんな…!オレは、足手まといにならないように…やるだけ、です。」
 「ふふっ、こちらも頼りにしているぞ。楽しみだな…。」
総代から緊張感が一瞬消え、またすぐに表情を引き締める。
そのうち、話題は他の執行部のスタッフへと移り、総代と結奈の他にも裏で動いている者がいることを知った。
そう言えば、裏の執行部って、この2人しか知らなかった。
 「どうだ、伽月。ウラにオモテに、俺は頑張ってるよなぁ!」と、自慢げに笑う総代に「自分で言うな!」と伽月が突っ込みを 入れる。
お役目の前だというのに、この余裕はなんだろう…初めてのオレ達をリラックスさせるためなんだろうか。
 「はははっ、では、これでブリーフィング終了。各自討魔に備えて臨戦待機!本日午後、朱雀門に集合だ。」

朱雀門に集合後現地に向かう間、天照郷が風水に基づいた天魔防衛都市であること、天魔の存在、討魔の意味の説明を受けた。
そういう、いろいろな事を考慮しながらの討魔を、今までこの人たちは続けてきたんだ…そんなこと、オレにもできるんだろうか。
脇に構えた小太刀を、そっと握り締める。
すると、辺りに瘴気が満ち始め、数体の天魔が蠢いている気配を感じた。
原因は御封岩の封印が弱まったため…御封岩を祓い、新たな封印を施せば、辺りの天魔は力を失いまた無に還っていくだろう。
総代の声が響く。
 「いいか!天魔は気にするな!目的はあくまでも、御封岩に辿り着く事!」
叫ぶと同時に、もう走り出していた。
印を結び、天魔の動きを封じながらの太刀さばきは、流石としか言いようが無い。
オレはといえば、目の前の天魔にてこずっていた。
天魔に押され、バランスを崩したその時、印を唱える声が聞こえて天魔は動きを止めた。
 「大丈夫か、飛鳥!」
 「そ…総代?」
 「…いけるな。」
総代は、オレの手を取り立ち上がらせ無事を確認すると、安心したように微笑んでまた御封岩へと向かう。
わざわざ、戻ってくれた…?足手まといになんて、なりたくなかったのに…!
 「鬼門を守りし神々並びに鬼王の方々よ、我が呪をもって御領に再び久遠の静寂をもたらしめん。
  どうか聞き届けたまえ…調!」
結奈が印を唱え、それに総代の験力を同調させると、御封岩は淡い光に包まれて、辺りの瘴気が浄化された。
オレの初めてのお役目は、こうして終了した。

自分の頼りなさに落ち込む間もなく、オレ達に次のお役目の通達が届いた。
今度のお役目というのは、京都は鞍馬…平安の世で天魔が猛威を振るっていた、最も危険な土地。
一番不安なのは、今回は総代も結奈もいないという事と、伽月と相性の悪い那須乃と組むという事。
那須乃は、表裏共執行部としての執務をこなしており、腕も立つし、験力もオレ達以上ということだが、問題は彼女の血統氏族としての 気位の高さだろう。
オレ達のような、いわゆる”俗の者”とは住む世界が違うという考えが強いのだ。
その辺りが伽月と衝突する原因になっている。
そんな2人と共に、討魔なんてこなせるんだろうか?
集合時間までまだ少し時間があったので、気を落ち付けるために拓実と藍碧台へ登った。
そこは、天照郷を一望できる丘で、なにかある度に訪れていた場所だった。
一番見晴らしのいい場所に登りつくとそこには先客がいて、オレ達の気配に気付いて振り向いた。
 「どうした、二人とも…。」
そこにいた先客は、穏やかな笑顔でオレ達を迎える九条総代。
 「今日のお役目、なんだか不安で…。」
拓実はそう言いながら、総代の横に腰掛けた。
オレはその後ろに立ったまま、夕日を浴びる天照郷を眺めていた。
そんなオレ達に、総代は語りかける。
 「我ら裏執行部…つまり、討魔の力に目覚めた者達は、いずれ鎮守人となって天魔と闘う日々を過ごさなければならない…。
  これは天照郷が創立された平安の世より続く理…例外は無い。」
 「じゃあ、僕達もいずれ鎮守人に…。」
 「…そういうことになるな。
  まぁ、由緒正しき天照館高校の一般生徒からしてみれば、華々しい歴史の表舞台に隠された衝撃の事実…
  といったところか。」
総代はそこで一度言葉を止め、それまでの穏やかな笑顔から表情を変えた。
 「だが…俺はこのままじゃいけないと思っている。
  やりたいことを自由に選択できる世の中…俺にとっての討魔活動は、そんな当たり前のように思える権利を取り戻す闘い
  なのかもしれないな…。」
まっすぐ天照郷を見つめ、総代は自らの決意を固めるように、その言葉に力を込める。
 「九条さん…そこまで考えて……。」
言葉を無くすオレ達に「ふふっ、スマン…なぁに、そう未来を悲観するな。」と、いつもの表情に戻る。
 「今は生き残る事だけを考えてくれればいい。くれぐれも、無茶はしてくれるなよ…。」
集合に遅れるな、と言い残し、総代は藍碧台を後にした。
その後姿を見送りながら、オレは言いたかった言葉を飲み込んだ。
 ―…それじゃ…総代は、どうなるんですか…。――
拓実は怪訝そうにオレを見つめたが「僕達も行きましょうか。」とだけ言い、そしてオレ達は朱雀門へと向かった。

集合に遅れて来る伽月や、そこに現われない那須乃等…最初から不安は募ったがお役目は果たさなければならない。
結局、那須乃とは鞍馬で合流する事ができ、消息を絶っていたという宝蔵院先輩も無事に見つけ出す事が出来た。
多少のゴタゴタはあったものの、天魔が暴れる原因である、利益が滅してしまった御封岩を祓い、封印を施す事にも成功した。
お役目を終えて、天照郷へと帰る道中も伽月と那須乃は一触即発の状態で、そのなだめ役を拓実が一手に引き受ける状態になった ため、そのまま2人を送り届けて行った。
自動的に、報告はオレ一人になり、人気の無い校庭を執行部室へと向かう事になる。
誰もいないと思っていた部室の窓から、明りがこぼれていた。
 「…夏っちゃんセンセー、残ってるのかな…。」
そう呟いて静かに扉を開けると、他の地でのお役目に行っていたはずの総代がいて、思わずその場に立ちすくんでしまった。
 「よぉ、飛鳥…ご苦労だったな。無事で、何よりだ…。報告だったら、明日でもよかったんだぞ。」
総代の笑顔に迎えられ、ようやくオレは今回のお役目が終了した事を実感した。
 「…ある程度だけでも、と思って…でも、総代はどうしてここに…?」
よく見れば、総代自身の報告書はとっくに終わっているらしく、机の上は綺麗に整えられている。
じゃあ、何のためにこんな時間に…。
疑問を浮かべるオレの表情を読み取ってか、髪をかきあげて照れたように笑う。
 「お前達が無事かどうか、心配でな…。だが、それは無用だったようだ。これでもう、安心して任せられる。」
満足そうな笑顔のウラに、オレは何故か別の気持ちが隠されているような気がした。
それがなんなのかは、解らないけど。
 「飛鳥…これで、祓い鎮めることの実態がつかめたと思うが…どうだ?お役目の感想は…?」
いつにない真剣な瞳が、そこにあった。
 「…総代、オレは……まだ、力不足で…。」
 「まぁ、最初は誰でもそうだろう。気にするな。それに、言ったはずだ…俺が、誰も犠牲にはさせない。」
確かに、この人ならばオレ達のことを気遣いながらお役目を果たしていくのだろう。
だけどそんな事をしていたら、いくらこの人でも身がもたない。
オレは、あの藍碧台で言えなかった言葉を、総代に投げかけた…。
 「…それじゃ…総代は、どうなるんですか…。」
 「俺…か……。」
総代は、オレのこの言葉が意外だったらしく、驚きの感情を見せた。
フッ、と視線を落とし、自嘲気味に笑ったかと思うと…。
 「…そのために、俺がある…。」
 「えっ…?」
それは、聞こえるか聞こえないかの微かな呟きだった。
だが、オレの方に向き直った時には、清々しいいつもの総代の顔に戻っていた。
 「今日は、疲れただろう。ゆっくり休むといい。いつ通達がくるか解らないからな。ただし、報告書は忘れるな!」
釘をさすのは忘れずに、総代はねぎらいの言葉をくれる。
さっきの自虐的な笑みは気のせいだったと思いたい。
その優しさと笑顔だけで、こんなにも安心しているオレがいる。

総代の討魔が、容易な事でないことは承知している。
オレはそのために、何ができるだろう。
これから総代が作り上げていく道を共に歩んでいくために。


END


<2004/7/23>

なんだか、飛鳥が情けなくなっちって…。
実際はもっと強い子なんだけどね。
いや…これから…(苦笑)
とりあえず、まだ力を発揮してない…
ということで。く、苦しい…(^_^;)
それよりも、この総代と飛鳥の関係って、
私の書いている先輩後輩コンビに似ているような…。
いや、きっと気のせい…(大苦笑)

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