6.親友



 「あ〜〜〜や〜〜〜!」

自分よりも大きいのではと思われる唐傘を広げ、空いている手を大きく振りながら駆けて来る小柄な少女。
外見は小学生かと見紛うが、彼女はれっきとした高校1年生。
彼女の駆けて来る足元には、灰色の毛糸玉の塊ような子犬がまとわりついている。
その無邪気な様子に「あ〜や」と呼ばれた彼、九条綾人は思わず目を細める。
天照館高校総代 九条綾人を「あ〜や」と呼ばわるのは、全校生徒見渡しても彼女しかいないだろう。

 「そんなに走ると危ないぞ。琴音。」

ゆっくりと歩み寄ろうとした九条の視界に、彼女の足元に絡まる子犬が映った。
その子犬を避けようとした琴音の足がもつれた。

 「あっ!」

短い悲鳴をあげて地面に倒れ落ちそうになる寸前に、琴音の体は宙に浮いていた。

 「ほら、だから言っただろう。」
 「へへぇ、こけちゃった。」

宙に浮いたというのは、実際は倒れそうになるのを察知した九条が咄嗟に駆け寄り抱きかかえたからだ。
照れくさそうに笑う琴音を立たせると、その足元に申し訳なさげな子犬―アルがたたずんでいた。

 「アル、大丈夫?踏まなかったかなぁ…。」
 「ワン!」

どうやら怒ってないようだと察したのか、アルはご機嫌そうに一声鳴いた。
その様子に、琴音もホッと胸をなでおろす。
その2人を跪いたまま眺めていた九条の顔に、思わず笑みが浮かぶ。

 「本当にお前たちは仲良しだなぁ。」

跪いた状態の九条の視線は、琴音の視線と丁度良い高さにある。
琴音は九条と視線を合わせ、満面の笑みを浮かべた。

 「うん!琴とアルは大親友だもん!」
 「そうか、大親友か…。」

その台詞に納得して、立ち上がりかけた九条の制服の裾を、琴音がおもむろに掴んだ。
何事かとかがみ込む九条を見つめて、琴音が無邪気に笑う。

 「あ〜やと、琴も、大親友!だよ。だから、あ〜やとアルも大親友ね!」

今まで自分の周りには、九条家の宗家、天照館の総代 等、肩書きで自分を呼ぶ人種ばかりだったというのに、この少女は 事も無く大親友と呼ぶ。
それは些細な事かもしれないが、この古き呪縛から放たれたいと願う九条にとって、とても重大な意味を持つように思えた。

 「…俺も、琴音の大親友にしてくれるのか…。それは、光栄だな。」
 「大親友は、隠し事なんてしないんだよ。あ〜やは琴にナイショなことは無い?」

琴音は、時々無性に鋭い考察を見せる。
今、九条が感じている言い知れぬ焦燥感を、琴音は感じ取っているのだろうか?

 「あぁ、琴音にはかなわないな…。ナイショはしないようにしよう。」

極力それを面に出さぬよう努めてそう言う九条に、琴音もそれ以上何も言わなかった。
じっとしているのに飽きたのか、アルは蝶を追って校庭へと駆け出していった。
それまで九条を見つめていた琴音は、離れて行ったアルへと興味を移した。

 「あ!待ってよ。アル〜!あ〜や、またね。バイバ〜イ!」

アルを追って駆け出す琴音の背中に、九条は呼びかけた。

 「もう、転ぶなよ!」

そして、心の中でそっと呟く。
怒らないでくれ。俺の予感は…ナイショだよ。親友…。


END


<2004/10/16>

なぜか珍しい組み合わせな、総代と琴音です。
『親友』というお題に、真っ先に思いつくのは、
飛鳥と晃ちゃんだったけど、趣向を変えてみました。
時々鋭い琴音ちゃんのマジになる時って、結構、好きです。
ちなみに、これは出雲へ行く少し前あたりかと…(T_T)

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