蒼天



その日は、確かにカレンダーの文字は赤かった。
ついでに言えば、その次も、次の次も、赤い文字だった。
世間は、俗に言う”連休”というやつで…しかも、その前の週末も、巷には”連休”と呼ばれるものだったらしくて…。
カレンダーっていうのは日本全国共通だから、辺境秘境と言われようと一応日本国に属しているここ天照郷も暦通りに休みのはずなんだけど。

 「わかっちゃいるけど、やっぱり、おもしろくなぁ〜い!」
五月晴れの文字通りに晴れ渡った五月の休日、登校している生徒もまばらで静かなはずの校舎に響き渡る雄叫び。
それは、渡り廊下でつながれた校舎の離れの建物から聞こえてくる。
俺は、寮から校庭をぬけてその場所へと向っていたのだけど、こんな離れた場所からでもわかる幼馴染の声に苦笑していた。
昨日皆で計画した時点で、観念していたはずなのに…。
古めかしい引き戸をカラリと開けると、そこにはいつものメンバーが勢揃いしていた。
 「飛鳥、おっそ〜い!」
 「こんにちは、飛鳥さん。」
 「まったく…時間にルーズなのは、たるんでいる証拠ですわ!」
 「那須乃さん、飛鳥さんは昨夜もお役目が…。」
 「あっすかちゃん、ちっこくなのだぁ!」
 「昨夜の疲れを残すようでは、まだまだ鍛錬が足らんのぉ。」
すでに揃っていた執行部員達から、一通りの挨拶(?)を受けて、俺は部室を見渡した。
 「総代にはまだ?」
すると、待ってましたとばかりに、さっきの雄叫びの主が声を上げる。
 「ちょっと聞いてよ、飛鳥!その主役なんだけど、朝、出かけたキリどこにもいないんだって!」
 「飛鳥さん、昨夜のお役目の後、綾人様はお変わりなかったでしょうか?」
 「伊波飛鳥!もしかして…昨夜のお役目の時に、今日の事を気付かれてしまったんじゃなくて!」
結奈にも居所がつかめないなんて…だが、昨夜の総代は特に変わった様子は無かったと思う。
それに、絶対に今日の事は知られてない…はずだ。
 「俺、ちょっと探してくるよ。皆は、準備進めてて。」
そう言って飛び出した俺の背中から、ありがたい幼馴染の声が飛んだ。
 「ここは、まかせた!総代捕まえるまで、帰ってくんな!!」
俺は校舎内をくまなく探してまわったけど、総代の姿はどこにもなかった。
あと、総代の行きそうな場所といえば…。

朱塗りの門を一歩出ると、空気が変わるのがわかる。
柔らかな空気が一転、ピリピリとした刺激を感じ、気を引き締める。
そのまま目的地へと歩を早めた。
天照郷を一望する小高い丘、藍碧台。
そこへ辿り着く頃には少し息が上がっていて、宝蔵院先輩の言うとおりまだ鍛錬が足りないのかと思う。
少し開けた見晴らしのいい場所、そこがあの人のお気に入りの場所。
ゆっくりと近付くと、寝転がっている人影が見えた。
 「総代…もしかして、朝からここに?」
 「よぉ、飛鳥。昨夜はお疲れさん。」
俺の質問には答えずに、総代は寝転んだまま顔だけこっちを向けた。
フッと息をついて横に腰掛ける俺を、面白そうに見ている。
 「どうせ、皆に探してこいって、せっつかれたんだろう。」
 「そういう訳じゃ…。」
総代はふわりと上体を起こすと、思い切り身体を逸らせて大きくのびをする。
その仕草は、本当に無防備に見えて。
昨夜のお役目の時の厳しい瞳とはうって変わって、穏やかな視線で郷を見渡す。
口元には、微かな笑みを乗せて。
瞼を閉じて髪をかき上げながら、そして、開かれた瞳に射止められた。
何もかも見通す烏羽色の瞳から、目を逸らす事が出来なかった。
心の底まで掴み取られたようで、胸が、痛い。
 「お前達の気持ちは嬉しいが、俺はそんながらじゃないぞ。」
 「え、あの、何で…!」
やっぱり…総代には、俺達の計画なんてお見通しだったんだ。
 「あの伽月が、連休前なのに渋い顔してるなんて、何かあると思うだろ?」
 「…はぁ。」
 「美沙紀だって、昨夜のお役目をお前と行くっていうのに文句は言わなかっただろ?」
 「…はは…。」
 「誠も、琴音も、内緒事は苦手な奴等だからな。」
 「…いや…。」
 「鼎さんや、お前も、どこかよそよそしかったし。」
 「それは、その…。」
 「極めつけは、結の小言が無かったことか。」
 「あぁ…。」
 「そこまでお前達の様子がおかしかったら、俺に何か隠しているって事ぐらい、わかるさ。」
どこまで俺達のことを見抜いているんだろう…この人は。
この人には、隠し事なんて出来るわけが無い。
 「そこまで解っているなら、総代も観念してください。みんな、待ってますから。」
総代は、気まずそうに笑いながら、渋々立ち上がった。
見上げる空が、どこまでも青く広がっていた。

部室の戸を開くと同時に、大きな破裂音が響いた。
 「「「「「HAPPY BIRTHDAY!!」」」」」
一斉に鳴らされたクラッカーと、みんなの歓声に囲まれて、総代は照れ笑いでそれに答えた。
部室はささやかに飾り付けられ、机上には菓子や飲物、ケーキ等が用意されている。
すべて、総代の誕生日を祝おうと本人に内緒で揃えた物だった。
結果的にはバレバレだったけど、総代は気付いていない振りをしてくれた。
 「早く、食べようよぉ…もう、待ちくたびれてお腹空いちゃったぁ。」
伽月の情け無い声に、その場にいた全員が思わず苦笑いする。
その様子を見て、総代は嬉しそうに笑っていた。

郷を包み込む蒼天のように、その笑顔は俺達を大きく包み込んでいた。

END


<2005/5/4>

総代BD記念…のつもりでしたが、
すっかり遅れてしまいました(汗)
誕生日にUPしたかったのに、
忘れてたなんて…不覚(^_^;)
一日遅れになってしまいましたが、
総代、お誕生日おめでとう!

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