彼は、澄ました顔してノートを取っていた。
ここ天照館高等学校 総代にして、執行部部長兼テニス部主将、学年主席、しかもスポーツ万能、頭脳明晰、容姿端麗。
性格も温厚快活、責任感があり、誰に対しても分け隔てなく気さくに振舞う。
極めつけは、この天照郷でも有数の名家 九条家嫡男、次期宗家であらせられる九条綾人様である。
彼は、この郷に住む娘を持つ親ならば是非嫁がせたいと願い、年齢を問わず彼の一挙手一投足に一喜一憂してしまうほどの有名人。
誰が名づけたか『ミスター・パーフェクト』などと、呼び称されている。
ここまで並べ立てれば、世の女性がこぞってお知り合いになりたい男性としてさぞや有名なのだろうと思われるが、そこはこの天照郷。
一応日本国に属してはいるものの、辺境だ秘境だ幻だとまことしやかに噂されるようなこの奥深い郷に住む彼の存在を知る者は数少ない。
この天照郷は、古くからの慣習として血筋や家柄が最重要視されている。
それはこの天照館も例外ではなく、クラス分けにも顕著に表れていた。
高名な家柄や血筋の者から壱組、順を追って伍組までとランク付けられる。
要するに、伍組というのは平凡な一般生徒ということになる。
今までの私は、1年・2年と参組ですごしてきた。
私自身は、いたって平凡な一般生徒だと思うのだけど
それが何故に参組か、というと、私の幼馴染である鷹取のおかげ(?)だった。
前総代 鷹取祥悟と私は、遠く離れているが血縁者らしく、それだけでも少し優位に見られるこの郷のあり方に、疑問は残る。
でも、それで当然とされていた現実に、そんなことを声高に訴えるほど私は革新的な人ではなかった。
3年に進級するにあたり、当然のように参組のクラス名簿を見た私は、その場で凍りついた。
(いないじゃん…私……。)
在学中、参組に骨を埋める覚悟でいたのに!
四組、伍組と見渡したが、どこにも私の名前は無かった。
(なんで?どうして?演武だって、試験だって、落第した覚えはないし、なんかやらかした覚えも無い。)
呆然とする私は、後ろから肩を叩かれて勢い良く振り向いた。
「血縁者の祥悟が卒業したから、私も退学ってこと!?」
「そんなわけ、ないだろう。」
そこにはにこやかに微笑む男と、傍らに傅いている少女がいた。
「なにを惚けているんだ?お前のクラスは、こっちだ。」
彼が指差す方向は、いかにも良家の子女という名前が羅列されている名簿。
その上部には、燦然と輝く『3年壱組』の文字。
「なんで〜〜〜!」
どうして私が、壱組にいるのか…それは全て現総代と、前総代だった私の幼馴染のせい。
この2人、何を思ったのかいきなり【改変】なんてぶち上げて、その手始めにクラス編成に手を出したらしい。
学校側は、まるで反乱のようなこの行動に面食らったようだけど、そこは2人共ここでの発言力のある家柄で強くは
出られなかったらしい。
そのクラス編成改変は、主に新2年に大きな動きを見せた。
最大の変動は、九条家の分家である紫上家の息女 結奈が、伍組に編入されたことだろう。
彼女の血筋・家柄なら、どうみても参組以下に編入させられるわけが無い。
祥悟と九条が編成したクラス分けは、前もって知らされた者…特に家柄を重んじる者達からの意義を唱える申し出が殺到し、
仕方なくある程度…というか、ほとんどが覆された。
私を含めた何も知らされなかった生徒だけが、そのまま『クラス編成』という反乱に巻き込まれたのだ。
なので、大体の生徒は元のさやにおさまったが、結奈は伍組のまま。
おおかた、九条からの言い付けを健気に守っているんだろう。
「こんなのに付き合わされて、苦労するよね、紫上も…。」
一度そう言った事があったが、彼女の答えは。
「いいえ、慣れてますから…。」
……なるほどね。
だいたい、あの祥悟とまともにコンビを組んでいた男だ。
祥悟の側にいた私が、彼の事を知るのは当然の事だった。
だから私は、この郷に住む娘さん達のように、彼に陶酔することはできない。
彼は絶対に、腹に一物持ち合わせている。
春 始業式。
この場違いのような3年壱組の教室で、私は一人浮いていた。
周りにはお上品な御子息・御息女が優雅に語らっていらっしゃる。
それはそうだろう…今まで参組にいた者に好きこのんで関わるような物好きはいない。
ここは、そういう所だ。
彼等の態度が一変したのは、あの時から…隣の席の九条が私に声をかけた時から。
”ごきげんよう”なんて声をかけてくる、御嬢様。
なんてゲンキンなんだろう。
{あの九条と話しをしている}={九条家と関わりのある人である}
そういう図式が、彼等の中にあるからだ。
私はこっそりと隣の九条に囁いた。
「ちょっと、壱組の人ってみんなこうなわけ?家柄だけの付き合いってやつ?
噂には聞いてたけど、ここまでとは思わなかったよ。なんか、おかしくない?」
「お前もそう思うだろ?俺もだよ…だから、ぶち壊したかったんだ…。
まぁ、お前も俺と同じ意見だという事で、どうだ?執行部に入らないか?
俺と一緒に、ぶち壊そうぜ!」
九条は私に、どこかの公務員の勧誘のような台詞を言った。
嫌になるほど爽快な笑顔を浮かべ、口元からこぼれる白い歯がキランと輝いている…ようにさえ見える。
下手をすれば、肩に手を置き彼方を指差してしまいそうな勢いだった。
これ以上九条と関わる気はないし、私はすかさず拒絶した。
「いや、そんな気サラサラ無いから。」
「そうか、お前もか。そりゃ、残念。後輩も誘ったんだが、速攻断られたし…。振られっぱなしだ。」
はっはっはっ、と高らかに笑う九条が全然残念そうに見えないのは、私の気の所為ではないはずだ。
夏が過ぎ、残暑も峠を過ぎた頃、そろそろ菊花祭の時期がくる。
いつもなら執行部の面々が先導を切って準備に取り掛かるというのに、今年は何故か動きは無い。
公務で席を空けることが多かった隣の席は、気が付けばずっと空席になっていた。
私は、その空いている席を見るたびに、何か嫌な予感がしてならなかった。
今までも執行部員は、公務の度に席を空ける。
それはあの祥悟もそうだった。
その公務というのがどういうものなのか…私は薄々気付いてたんだよ、祥悟、九条…。
いつだったろう…公務から戻ってきた祥悟や九条は傷だらけだった。
そんな彼等の周囲に漂う、あの吐き気を伴うほどの嫌な瘴気。
「まずいな…こんな所を見られるなんて。ちょっと、トラブった。」
そう言って祥悟はごまかしたけど、たかが学校の公務如きで、傷を負うなんてありえない。
薄くはあるけど私にも鷹取の血が流れているのなら、だから朱雀大門の外では視界の端に異形の者が映るのだというのなら、
それが彼等が傷を負うほどの公務とやらの原因だとしたら。
これほどまでの長い間、隣が空席になっている理由も見当がつく。
九条は、厄介な事に、巻き込まれてしまった。
嫌な事ばかり連想されて、胸騒ぎが止まらない。
武道館に響く、理事長である大津郷司の声。
何を言っているのか、理解する事が出来なかった。
今日は、菊花祭が行われるはずだったのに。
だが、武道館はひっそりと静まり返り、大津郷司の長い話は続く。
この老人、いつも話が長いんだから…そんなこと考えながらステージを見れば、そこには大きく掲げられた見覚えのある人物の写真。
それが”遺影”を意味しているなんて、信じられなかった。
大津郷司の長い挨拶が終わり、一部の生徒と郷のお偉方を残して、その他の者は教室に戻された。
郷全体が、彼を失った悲壮感に包まれていた。
自分の席に着いて、ふと、ぽっかりと空いた隣の席を見る。
あの日の、澄ました顔してノートを取る彼の横顔が思い出された。
私の横で、大口開けて高らかに笑う彼が思い出された。
「なんて顔してるんだ。」と、嫌味っぽく笑う彼が…そこにいた。
「あぁ…あんた、本当に、逝っちゃったんだ…。」
何気なくこぼした言葉は、私に現実を叩きつけた。
クラス中の視線が集まり、居た堪れなくなった私は席を立つ。
そのまま校舎を飛び出して、闇雲に駆け出していた。
郷を取り囲む塀を抜け、水音が響く昇竜の滝へと行き着いて。
滝が打ち付ける激しい音が、私の叫び声を紛らせた。
いつしかそれは声にならない悲鳴に変わっていたが、やけに頭の中はスッキリしていた。
こんな時だというのに、壮行の宴の時の祥悟の言葉なんかを思い返している自分。
『これからは、お前が綾人を支えてやってくれ。なぁに、簡単な事だ。そばにいるだけでいい。』
側にいるのは紫上だろう、とか、クラスも立場も違うのにどうやって支えるんだ、とか、第一、あいつに私の支えなんて
必要ないじゃないか、とか。
その時はまともに取り合わなかったけど、祥悟はこうなる事を予測していたんだろうか。
だったらもっとはっきりわかるようにしてよ!今さらどうしろっていうのさ!
自分の情けなさを祥悟になすりつけて、私はただ、この胸を締め付けるようなモヤモヤを吐き出す事しか出来なかった。
九条がこの郷から姿を消して数ヶ月。
この郷への最大の脅威が、静かに迫りつつあった。
その時はきっと、私は前線に立っているのだろう。
祥悟と九条が残した、執行部と共に。
END
<2005/6/11>
いつもながら、補足が必要で…。
鎮守人としての力を持っていない、
一般の生徒はどう思うんだろう?
と、ゲームをしながら思っちゃって(^_^;)
総代と同じクラスで、裏執行部のことに薄々気付いてた
…という苦しい設定になりました(苦笑)
おまけに鷹取氏の幼馴染にしてしまったり…(>_<)
はっ(・・;) 授業風景すらないし…!
戻る