緊張した面持ちで執行部室の戸を開けると、疲れた顔をした執行部のメンバーが揃っていた。
「遅いよ、晃ちゃん!はい!チョコレート!今年は結構、自信作なんだ!カルシウム、たっぷり!」
伽月がにこやかに差し出した、ごてごてと固められたチョコの所々から、煮干の頭がのぞいている。
「あんま勿体無くてすぐに食われへん…後でじっくり味あわせてもらいますわ…。」
笑顔を引き攣らせる晃に、伽月は不満の残る顔で「絶対、食べてよぉ。」と言った。
ひとまずは、伽月クリア…飛鳥は影ながらホッと胸を撫で下ろす。
「まったく、そのような下品なもの…それよりも、この私がわざわざ用意して差し上げましたのよ。
せっかく、貴方達のような俗の者にお付き合いしてさしあげるのですから、さぁ、食しなさい。」
目の前には、名門店も顔負けのおいしそうなチョコの数々が、売り物のように並べられている。
「ごっつ、うまそうやん!これ、美沙紀はんの手作りでっか?」
ピキーンと、緊張が走った。
晃の視界には、こめかみを引き攣らせた美沙紀と、何度も頷く飛鳥と、後ろでおろおろする誠が映った。
「さすが、美沙紀はんやわ。完璧やね。」
「当然ですわ!」
満足そうに顎をツイと上げて、美沙紀は若林を連れて部室を後にした。
晃は、飛鳥の忠告の意味が、いまやっとハッキリとわかった。
残るは…。
「おっ、揃ってるな。ちょうど良かった。」
にこやかな笑みを浮かべて、総代と結奈が部室に入ってくる。
総代が持ってきた荷物は、山積みされたチョコレート。
「執行部員宛だ。」
執行部員宛というのは建前で、そのほとんどは総代宛てなのだが。
個人的には受け取らないという総代の通達に、名目上執行部員宛ということになっている。
要するに…それだけの量を平らげるのを放棄した総代が、執行部員を巻き込んで一蓮托生…ということらしい。
だが、いくら山分けにしたところで、この量では…胸焼けする事必至。
あぁ、胃薬は必需品やったなぁ…なんて、晃はのんびりと思い返す。
「せっかくだ、遠慮せずに貰うといい。」
総代は、零れる白い歯がキランと輝いたような錯覚を起こすほど、いつも通りの爽快な笑顔でそう言った。
「あの…総代はんから、お先に…。」
「俺は、こいつを処理してから貰うとするよ。先に食べててくれ。」
総代は、あくまでも笑顔を崩さず、同時に絶対零度の視線を放って、分厚い書類を掲げて見せた。
総代のその台詞は遠回しな命令で、拒否権などありえない。
既に食べ始めている飛鳥は、虚ろな目で晃を促した。
結局、最後までこの山を食べ続けたのは、晃と飛鳥だけとなった。
激しい胸焼けと戦いながら、そろそろ底が見え始めた頃、横から手が伸ばされた。
「「……総代…!」」
「よく、ここまで頑張ったな。」
少しは罪悪感を感じたのか、苦笑交じりに包みを解いた。
「どうした、晃?そんな泣くほど辛かったのか?」
(泣く?ワイ、泣いとるん?そういえば、頬が濡れてる気ぃするわ…。)
(晃…君は良くやったよ!この試練に、ここまで良く耐えたよ!)
もはや頬張ったチョコに声も出せず、晃と飛鳥は無言で会話する。
天照館高等学校執行部恒例『如月西洋甘菓子の宴』は、静かに幕を降ろそうとしていた。
澄みわたった空で鮮やかに煌く星達に、こみ上げるムカムカをこらえる晃の悲痛な叫びは虚しく吸い込まれていく。
「こんなん、もういややぁ」(やぁ…やぁ…やぁ……エンドレス)
END
WEB拍手公開。<2006/2/14> / UP。<2006/3/14>
WEB拍手から、繰上げ。
天照館にも、バレンタインはあるのか?
と思って書き始めたら、
いつの間にかこんな風になってました。
と言うわけで、完結です。
ネーミングのなさは、ご容赦ください(^_^;)
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