「紫上…総代!少しお時間、よろしくて!」
いつもはしんと静まり返っている、校舎から少し離れた位置にある執行部室の扉が、勢いよく開かれた。
そこに立ちはだかるのは、長い黒髪を古風な髪飾りでまとめ、清楚な顔立ちをした少女だった。
総代と呼ばれた紫上結奈は、整理していた書類から彼女に視線を向けた。
「どうしたんですか、美沙紀?そんなに慌てて…。」
飛び込んできた那須乃美沙紀は、結奈の暢気な様子に苛立ちを見せた。
「どうした?なんて、暢気な事を…それは、こちらがお聞きしたいですわ!」
美沙紀は、ツカツカと足音を響かせて結奈の正面に立つと、盛大な音を立てて机に両手を突いた。
「どうして行かせたんですの!伊波飛鳥はともかく…若林まで!」
結奈は、観念したようにふと息を吐いて、美沙紀を手近な席へ座らせた。
「ねぇ、美沙紀…これは総代としてではなくて、あなたの友人の紫上結奈として聞いてほしいの。」
真摯な瞳をむける結奈に、幾分気を落ち着かせた美沙紀は静かに頷いた。
「庚辰天魔の変の時…伊波君が神子としての儀式を受けた時から、こうなるような気がしていたの。
伊波君は、私達よりも先に、これからもっと辛い世界で生きていかなければならない。」
「それぐらい…私だって感じてましたわ。」
まだ少し釈然としないというふうに、美沙紀は表情を硬くする。
「本当は、私が付いて行きたかったのよ。」
「な…なんてこと…!」
「まだ…諦めたわけじゃないもの……。」
「あなた…もしかして、御前のこと…。」
思いがけない結奈の言葉に、美沙紀は声を詰まらせ唖然とする。
目の前の結奈は、事も無げに静かに微笑んだ。
「そんな時だった…気ばかり焦らす私に、言ってくれたの。『私はここに必要だ。』って。
『だから自分が行きます。』って。」
「まさか……あの若林が自ら申し出たと言うの!?」
驚愕に瞳を見張る美沙紀に、黙って頷いて結奈は言葉を続けた。
「きっと伊波君の助けになる、と…だから、ここで待っていてほしいと。
美沙紀…貴女と一緒に、帰り着く場所を守っていてほしいと。」
「……まだまだ未熟者の分際で…大層な事を…言いますわね。」
その尊大な言葉に反して、美沙紀の頬はみるみる染まっていく。
微笑ましく見つめていた結奈は、つと立ち上がると窓際へ歩み寄った。
外は夕焼けに染まり、窓から差し込む陽光は結奈の姿をさし照らして、その表情を隠した。
「私ね、若林君と伊波君なら、きっと綾人様を見つけ出してくれると思うの。
だって、綾人様に見出された彼等だもの。」
結奈は泣いているのかもしれない、と、美沙紀は思った。
一番気を揉んでいるのは、実は見かけによらず強がりな彼女の方ではないのか?
美沙紀は呆れたように溜め息をこぼし、すらりと立ち上がるといつもの少し高圧的な態度を取った。
「まぁ、総代が決断されたのなら、仕方のない事ですわ。従うほか、ありませんわね。」
「それにしても、あんなに若林君に厳しくしてたのに、やっぱり心配なのね。」
「…っ!あなた…総代になってから、性格まで御前に似てきたんじゃなくって!」
珍しく一緒に歩く校庭で、彼女達は久しぶりに笑顔を見せた。
END
WEB拍手公開。<2006/3/14> / UP。<2006/5/8>
WEB拍手から、繰上げ。
誠EDの時に、那須乃さんには内緒らしかったので。
それに気付いて結奈に詰め寄る那須乃さんです。
那須乃さんは、強がりながら、誠を心配してくれるといい。
で、結奈と普通の仲良しならいい。
誠SIDEの話も、また別に。
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