12.連携



飛鳥が郷を旅立ったのは、壮行の宴の前日だった。
その頃の結奈は、総代代理として行事の準備に忙しく、飛鳥の微妙な変化に気付く事はなかった。
それは、執行部員の誰にも当てはまる事だ…ただ一人を除いては。

若林誠は、胸騒ぎを感じていた。
あの日、行事のゴタゴタに紛れて、飛鳥は誠に声をかけた。
誠も、那須乃から備品を揃えるようにと仕事を頼まれていて、慌しく動いている時だった。
 「忙しい時に、悪いけど…。」
と、ためらいがちに飛鳥は告げた。
そのいつもとはどこか違う彼に、何か引っかかりを感じたが。
取りあえず、仕事を片付けないことには、那須乃の機嫌を損ねてしまう。
 「これが終わってからでも、いいでしょうか?」
そう言う誠に、飛鳥も事情はわかっているようで、苦笑を浮かべて頷いた。

飛鳥が指定した藍碧台へ赴くと、郷を見下ろす飛鳥の後姿が映った。
その姿は、以前自分を裏の執行部への参加を認めた時の、九条の姿とダブった。
そのまま、消えてしまいそうな儚さが飛鳥を覆っているようで。
まるで、あの人と同じように、自分の前から消えてしまいそうで。
誠はそのイメージを打ち消すように、急いで声をかけた。
 「すいません、お待たせしてしまって…。」
誠の声に振り向いた飛鳥は、いつもの穏やかな笑顔を向けている。
 「いや、俺の方こそ、忙しい時にすまない。ちょっと、話がしたくて…。」
話す声の調子も、口調も、変わらず穏やかで。
それでいて『庚辰天魔の変』以降の、凛然とした強い瞳も変わらない。
それなのに、この不安な気持ちは、無くならなかった。


 「誠は、これから、どうしていく?」

何故、そんなことを聞くんだろう。
自分が今まで知らなかった力を、飛鳥が導き出してくれた。
望んで参戦した闘いでは無いだろう。
望んで神子としての立場を受けた訳では無いだろう。
それでも彼は、自分の前に出て、全てを受け入れようとする。
飛鳥の背中を見ながら、せめて彼に近づけるようにと。
彼の背中を、少しでも守れたらと。
彼と共に…闘うことができればと。
だから自分は、この郷を守れるほどの強さを持とうと。
そう、誓ったのだから…たとえ、彼がこの郷から遠く離れようとも。

ただ、それはもっと未来の話だと、思っていたのに…。

壮行の宴を終えて、結奈は改めて総代に就任した。
その決定に、結奈は素直に従えなかった。
飛鳥の姿が、どこにも見当たらなかったから…。
それを知った時、執行部の面々は瞬時に理解した。
彼は、既に旅立ってしまったと。
結奈は飛鳥を追うつもりでいた。
まだ、九条のことを諦めてはいない…それは、飛鳥も一緒だと思う。
総代に就任してしまえば、ここを出る事はできない。
でも、結奈以外に、総代として執行部を守っていける適任者はいない。
九条と飛鳥が残した、この執行部を。
だから…。
 「僕が、行きます!きっと飛鳥くんの助けになります…。
  だから、紫上さんはここで待っていてください。
  那須乃さんと一緒に、帰り着く場所を守っていて欲しいんです。」
誠の声は、いつもの不安げなものではなく、強い決意が秘められていた。
誰も、それに異を唱えるはずがなかった。

執行部のみなに見送られ、誠は郷を後にした。
ただそこに、那須乃の姿はなかった。
誠が宣言した時も、家の都合で那須乃は席を外していた。
だから、最後まで那須乃には何も告げずにいた。
知れば必ず、彼女は引き止めるだろうから。
さすがに、まだ彼女に逆らうのは抵抗がある。


天魔が最後の咆哮をあげて、崩れ落ちる。
その影から、何かが来る気配を感じ、飛鳥は短刀を再びかまえる。
そこにいたのは…。
 「あ、あの…飛鳥くん。僕は、君の力になれたら…と…。」
 「…よろしく、誠…。」
飛鳥が穏やかな笑顔を浮かべ、つられるように誠は微笑んだ。

 「僕、頑張ります!」


END

WEB拍手公開。<2006/5/8> / UP。<2006/6/1>

WEB拍手から、繰上げ。
「16.喧嘩するほど仲がイイ?」の誠SIDE。
誠ENDのお話ですね。
「みんなが行って来いって…。」って言ってたのは、
照れ隠しだったらいいなぁ…と(笑)
やる時はやってくれる誠がいいです。

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