書院へと向かう渡り廊下の途中、背後から小さな叫び声が聞こえた。
別に、僕には関係ないことだけど、反射的に振り返ってしまう。
そこには、アタフタとばらまいた書類を拾い集めている、男子生徒がいた。
確か…同じクラスだったような……。
振り返ってしまった手前、それを無視するわけにもいかなくなって、僕は手近な書類を拾い集めた。
僕が拾い出したことに気付いた彼が、顔を上げて申し分けなさそうに声をかける。
「あぁ…すいません、榊原くん。バランス崩しちゃって…。」
そう言って、照れたように笑顔を浮かべた。
「いいですよ。困った時は、お互い様です。」
僕は、いつものように笑顔で答えた。
彼も、いつものように笑顔で返す。
でも、彼は、気付いているだろうか…。
僕の笑顔は、彼のそれとは、別のモノだって。
きっと、彼が見せるのは、正直な感情のままの笑顔。
いつもクラスの片隅で、気が付けば穏やかに微笑んでいる彼。
騒々しいクラスメイトの傍らで、愉しそうに微笑む彼。
高慢そうな彼女の隣で、困ったように微笑む彼。
そのどれもが、彼の心のままに浮ぶ、微笑なのだ。
僕は…違う……。
僕の笑顔は、いつも同じだ。
それはマニュアルのように、誰かと接した時には自然と浮ぶ笑み。
まるで、張り付いたまま外れることない、笑顔の仮面。
他人と関わるためには、必要最小限な笑み。
何のために、必要なんだ。
誰のために、必要なんだ。
僕にとって、必要なのか……?
そう思いながら、表面的に笑っている僕は、本当に僕自身なのか?
…反吐が、でる。
ねぇ、君は、どう?
こんな僕の心を覗けば、その笑顔は消えてしまう?
あぁ…見てみたいよ……。
君のその穏やかな笑顔が、醜い侮蔑の顔に変わるのを。
どうしたら、その笑顔を壊すことができるだろう。
見せてあげたいよ…僕の心に潜む、永遠に堕ちていく闇を。
「ありがとう。助かりました。榊原くんも用事があったんでしょ?すいません。」
「いいえ、大丈夫です。それより…一人では大変でしょう。半分、持ちますよ。」
バチン、と、音が聞こえた気がした。
それは、僕の中の闇が、切り替わる音。
またスイッチが入ったように、僕の顔には笑顔の仮面。
「いいんですか?でも…なんだか、申し訳ないなぁ……。」
「いいですよ。どうせ、時間を余していたから…。」
本当に申し分けなさそうに、それでも助かりますと、やっぱり笑顔で。
僕が拾った書類に、彼が持つ分から少し分けて、並んで歩く。
「いつも僕は、要領が悪くって――。」
にこやかに話す彼に相槌をうって、僕は表面的に笑う。
君は、知らないでしょ?
僕の中にある、どす黒い感情を。
心から笑う、僕の笑顔を。
だから…今度、見せてあげる。
本当の、僕の……笑顔。
END
<2006/7/11>
「腹黒」と言えば、やっぱり彼になってしまいました。
ばらっち…今頃どうしてるだろう…。
続編登場も、気になるところです。
対象な感じで、マコっちゃんですが、彼もなかなかどうして…。
侮れないですよねぇ(^_^;)
いや、2人とも、すきなんだけどね。
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